・・・探偵小説は百頁から百五十頁一冊の単行本で、原稿料は十円に十五円、僕達はまだ容易にその恩典には浴し得なかったのであるが、当時の小説家で大家と呼ばれた連中まで争ってこれを書いた。先生これを評して曰く、。 その後にようやく景気が立ちなおってか・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・初めて発表されて露伴という名を世間に認めさしたのはこの『露団々』で、初めは『都の花』に連掲され、暫らくしてから単行本となって出版された。が、露伴の名をして一躍芸壇の王座を争うまでに重からしめたのは『風流仏』であった。『露団々』は露伴の作才の・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・ 雑誌に載った時は、読みたいとも思わなかったのが、単行本となって、あらわれて、はじめて一本を購って、読むということがあります。綜合雑誌の中に混っては埋れて個性的な感じを与へなかったのが、独立して、真価を発するのを見れば、本来から、其・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
「猫」の稿を継ぐときには、大抵初篇と同じ程な枚数に筆を擱いて、上下二冊の単行本にしようと思って居た。所が何かの都合で頁が少し延びたので書肆は上中下にしたいと申出た。其辺は営業上の関係で、著作者たる余には何等の影響もない事だから、それも善・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』中篇自序」
・・・ その数多いソヴェトに関する執筆のうち、単行本としてまとめられたのは僅に『新しきシベリアを横切る』一冊であり、それは全部の十分の一にも足りなかった。一九三二年の三月後から一九四五年八月までつづいた日本のファシズム権力は治安維持法と情報局・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・その前後から雑誌や単行本に対する取締りがひどくなって、少しでも日本の軍事行動に対して疑問を示したり、戦争によって人民生活が不安にされて行くことをとりあげた文章は禁止された。一月ごとにその程度と範囲が際限なくひろがって、客観的に公平に、国際問・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・そのことは純文学の単行本の売れゆきのわるさ、その対策の推移を見てもはっきりしていると思う。小説の単行本が売れないといわれて来てから、出版屋は一昨年あたり、いわゆる豪華版というものの濫発をやった。高くて綺麗な本でなけりゃこの頃は売れません。つ・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・良いもの、纏ったものは皆東京にうつされ此方に遺っているのは、ちぐはぐな叢書の端本、一寸した単行本等に過ない筈である。 ひどくこの地方名物の風が吹き荒んで、おちおちものも書けない或る日、私は埃くさい三畳で古本箱やその囲りに散っている本等を・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・身辺小説、私小説からの蝉脱の課題がおこった当時は、文学作品の単行本がちっとも売れないという顕著な現象を一方に伴っていた。今日では、単行本の売れゆきは激しくて、インフレーションをおこしている一方に、そもそも文学とはどういうものなのだろうかとい・・・ 宮本百合子 「人生の共感」
・・・ 新潮から、来春、単行本が出るだろう。経済的に、自分の得るものは現在の処極僅少である。従って、貯蓄はない。 二人の分を合わせて三百円もあるだろうか。 朝、大抵八時半から九時半までに起る。朝飯後、一時頃まで書きつづけて食事にする。・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
出典:青空文庫