・・・帚葉山人はわざわざわたくしのために、わたくしが頼みもせぬのに、その心やすい名医何某博士を訪い、今日普通に行われている避姙の方法につき、その実行が間断なく二、三十年の久しきに渉っても、男子の健康に障害を来すような事がないものか否かを質問し、そ・・・ 永井荷風 「西瓜」
木村項の発見者木村博士の名は驚くべき速力を以て旬日を出ないうちに日本全国に広がった。博士の功績を表彰した学士会院とその表彰をあくまで緊張して報道する事を忘れなかった都下の各新聞は、久しぶりにといわんよりはむしろ初めて、純粋・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・ 鯰か、それとも大森博士か、一体手前は何だ。 ――俺は看守長だ。 ――面白い。 私はそこで窓から扉の方へ行って、赤く染った手拭で巻いた足を、食事窓から突き出した。 ――手前は看守長だと言うんなら、手前は言った言葉に対して責任・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・呉博士と往復したのも、参考書類を読破しようという熱心から独逸語を独修したのも、此時だ。けれども其結果、どうも個人の力じゃ到底やり切れんと悟った。ヴントの実験室、ジェームスの実験室、其等が無ければ、何時迄経っても真の研究は覚束ないと思い出した・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・次にチンノレイヤの賛は珍ラシキ草花モガト茶博士ノ左千夫ガクレシチンノレヤノ花という歌、四、五年前にある爺が売りに来て小桜草という花とこの花と二種の鉢植を買って、その時春の日や草花売の脊戸に来るという句を作ったので今に覚えとる・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・すると気象台の風力計や風信器や置いてある屋根の上のやぐらにいつでも一人の支那人の理学博士と子供の助手とが立っているんだ。 博士はだまっていたが子供の助手はいつでも何か言っているんだ。そいつは頭をくりくりの芥子坊主にしてね、着物だって袖の・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・によきアカデミズムがあったのなら、どうしてケーベル博士は大学の教授控室の空気を全く避けとおしたということが起ったろう。夏目漱石は、学問を好んだし当時の知識人らしく大学を愛していた。彼に好意をもって見られた『新思潮』は久米、芥川その他の赤門出・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・木村よりは三つ四つ歳の少い法学博士で、目附鼻附の緊まった、余地の少い、敏捷らしい顔に、金縁の目金を掛けている。「昨日お命じの事件を」と云いさして、書類を出す。課長は受け取って、ざっと読んで見て、「これで好い」と云った。 木村は重荷を・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・「じゃ、二十一歳の博士か。そんな若い博士は初めてでしょう。」「そんなことも云ってました。通った論文も、アインシュタインの相対性原理の間違いを指摘したものだと云ってましたがね。」 異才の弟子の能力に高田も謙遜した表情で、誇張を避け・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ 先生の博士問題のごときも、これを「奇を衒う」として非難するのは、あまりに自己の卑しい心事をもって他を忖度し過ぎると思う。先生は博士制度が世間的にもまた学界のためにも非常に多くの弊害を伴なう事実に対して怒りを感じた。その内にひそむ虚偽、・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫