・・・をもっていた時代が過ぎて以来、ようやくただの記述、ただの説話に傾いてきている文学も、かくてまたその眠れる精神が目を覚してくるのではあるまいか。なぜなれば、我々全青年の心が「明日」を占領した時、その時「今日」のいっさいが初めて最も適切なる批評・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 僕の占領した室は二階で、二階はこの一室よりほかになかった。隣りの料理屋の地面から、丈の高いいちじくが繁り立って、僕の二階の家根を上までも越している。いちじくの青い広葉はもろそうなものだが、これを見ていると、何となくしんみりと、気持ちの・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・もしある時期に達して小樅を斫り払ってしまうならば大樅は独り土地を占領してその成長を続けるであろうと。しかして若きダルガスのこの言を実際に試してみましたところが実にそのとおりでありました。小樅はある程度まで大樅の成長を促すの能力を持っておりま・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・この海を雪が占領するか、私が占領するか、ここしばらくは、命がけの競争をしておるのですよ。さあ、私は、大抵このあたりの海の上は、一通り隈なく駆けて見たのですが、海豹の子供を見ませんでした。氷の蔭にでも隠れて泣いているのかも知れませんが……こん・・・ 小川未明 「月と海豹」
もはや記憶から、消えてしまった子供の時分の感情がある。また、或時分に、ある事件によって、自分の心を占領したことのあった、忘れられた感覚がある。また、偶然にふら/\と頭の中に顔を出して、はっと思ってその気分を意識しようとする刹那には、も・・・ 小川未明 「忘れられたる感情」
・・・これを指しては、背低の大隊長殿が占領々々と叫いた通り、此処を占領したのであってみれば、これは敗北したのではない。それなら何故俺の始末をしなかったろう? 此処は明放しの濶とした処、見えぬことはない筈。それに此処でこうして転がっているのは俺ばか・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・滑稽な話だけど、なんだかその窓口へ立つのが癪で憤慨していると、Oがまたその中へ入ってもう一つの窓口を占領してしまった。……どうだその夢は」「それからどうするんだ」「いかにも君らしいね……いや、Oに占領しられるところは君らしいよ」・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ 避暑の客が大方帰ったので居残りの者は我儘放題、女中の手もすいたので或夕、大友は宿の娘のお正を占領して飲んでいたが、初めは戯談のほれたはれた問題が、次第に本物になって、大友は遂にその時から三年前の失恋談をはじめた。女中なら「御馳走様」位・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・青春時代において恋愛問題が常に頭をいっぱいに占領してはならない。宇宙と自己、社会共同体と自己、自己の使命的仕事、人類愛ならびに正義の問題等は恋愛よりもさらに重き、公なる題目として関心されていなければならない。恋愛よりもより強く、公なるイデー・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・露西亜の旅団司令部か何かに使っていたのを占領したものだ。廊下へはどこからも光線が這入らなかった。薄暗くて湿気があった。地下室のようだ。彼は、そこを、上等兵につれられて、垢に汚れた手すりを伝って階段を登った。一週間ばかりたった後のことだ。二階・・・ 黒島伝治 「穴」
出典:青空文庫