・・・とお呼び申すよう相成り候以来、父上ご自身も急に祖父様らしくなられ候て初孫あやしホクホク喜びたもうを見てはむしろ涙にござ候、しかし涙は不吉不吉、ご覧候えわれら一家のいかばかり楽しく暮らし候かを、父上母上及びわれら夫妻と貞夫の五人! 春霞たなび・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・ 私のこの稿は専門の倫理学者になる青年のためではなく、一般に人間教養としての倫理学研究のためであるが、人間の倫理的疑問及びその解決法は人と所と時とによって多様であるように見えても、自ら、きまった、共通なものである。まずその概観を得るがい・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・そして、満洲、支那に於ける中国人労働者及び鮮人労働者たちの反抗を鎮圧するために使われているのだ。台湾に於てもそうである。台湾の蕃人に対しては、日本帝国主義のやり口は一層ひどかったのだ。強制的に蕃人の作ったものを徴発したのだ。潭水湖の電気事業・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・供奉諸官、及び学校諸員はもとより若崎のあの夜の心の叫びを知ろうようは無かった。 しかし、天恩洪大で、かえって芸術の奥には幽眇不測なものがあることをご諒知下された。正直な若崎はその後しばしば大なるご用命を蒙り、その道における名誉を馳するを・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 是れ太陽の運命である、地球及び総ての遊星の運命である、況して地球に生息する一切の有機体をや、細は細菌より大は大象に至るまでの運命である、これ天文・地質・生物の諸科学が吾等に教ゆる所である、吾等人間惟り此鈎束を免るることが出来よう歟。・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・暮に兄の仕立屋へ障子張の手伝いに出掛け、それから急に床に就き、熱は肺から心臓に及び、三人の医者が立会で心臓の水を取った時は四合も出た。四十日ほど病んで死んだ。こう学士が立話をすると、土地から出て植物学を専攻した日下部は亡くなった生徒の幼少い・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・かく東と南とは十二宮により西と北とは二十八宿に據れるに見ば、堯典の暦を作れるものは、十二宮及び二十八宿の智識を有せしものなるや明けし。然らば何故にそが十二宮なり二十八宿なりにて劃一せられずして、却て相混合せるものを擧げしか。これ陰陽思想によ・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・「御心配には及びません。私がちゃんとよくして上げましょう。」と馬が言いました。「王女は全く世界中で一ばん美しい人にそういありません。今でもちゃんと生きてお出でになります。けれども世界の一ばんはての遠いところにおいでになるのです。そこ・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・去歳の春、始めて一書を著わし、題して『十九世紀の青年及び教育』という。これを朋友子弟に頒つ。主意は泰西の理学とシナの道徳と並び行なうべからざるの理を述ぶるにあり。文辞活動。比喩艶絶。これを一読するに、温乎として春風のごとく、これを再読するに・・・ 田口卯吉 「将来の日本」
・・・「いや、それには及びません。」私は、急に、てれくさくて、かなわなくなった。お金など、出さなければよかったと思った。「ここを出ましょう。街を、少し歩いて見ましょう。」 街は、もう暮れていた。 私ひとりは、やはり多少、酔っていた。自・・・ 太宰治 「乞食学生」
出典:青空文庫