・・・熊本君は、私たち二人に更に大いに喧嘩させて、それを傍で分別顔して聞きながら双方に等分に相槌を打つという、あの、たまらぬ楽しみを味わうつもりでいるらしかった。佐伯は逸早く、熊本君の、そのずるい期待を見破った様子で、「君は、もう帰ったらどう・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・結局、里のほうにしても、また私たちにしても、どうもこの疎開という事は、双方で痩せるくらいに気骨の折れるものだという事に帰着するようである。しかし、それでも私たちの場合は、疎開人として最も具合いのよかったほうらしいのだから、他の疎開人の身の上・・・ 太宰治 「薄明」
・・・自然界に闘争の行なわれる場合は、どちらかがどちらかを倒して食ってしまうか、さなくば双方が死んでしまわなければ始末がつかないように思われる。始末のつかない闘争は勢力のむだな消費であり、自然界に行なわれる経済の方則に合わないような気がする。それ・・・ 寺田寅彦 「映画「マルガ」に現われた動物の闘争」
・・・を宣伝するために、一家に風波が立つ。双方互角である場合はまだ幸いである。いずれか一方の勢力がまされば禍である。同じような事は、違った人生観や社会観を持った人々の群れの間に行なわれる。いずれも一つの善い事を宣伝せんために他の善い事の存在を否定・・・ 寺田寅彦 「神田を散歩して」
・・・私はある種の装飾的の絵は実際そうした方が審査員にも作家にもまた観賞者にも双方便宜ではないかと考えている。 このような色々の考えを人に話した時に、私は何でも新しいもの変ったものでさえあればいいとするもののように思われる事が多い。しかし事実・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・道太はあの時病躯をわざわざそのために運んできて、その翌日あの大地震があったのだが、纏めていった姪の縁談が、双方所思ちがいでごたごたしていて、その中へ入る日になると、物質的にもずいぶん重い責任を背負わされることになるわけであった。それを解決し・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・「まず、こういうことは双方の理解が、一等大切だと思います。双方の精神的理解、これがないというと、それはつまり野合の恋愛であって――」 石の卓に片肘をついている深水の演説口調を、三吉はやめさせたいが、彼女は上体をおこして真顔できいてい・・・ 徳永直 「白い道」
・・・その様子が双方とも何となく気まりが悪いというように、また話がしたいが何か遠慮することがあるとでもいうように見受けられた。角町の角をまがりかけた時、芸者の事をきくと、栄子は富士前小学校の同級生で、引手茶屋何々家の娘だと答えたが、その言葉の中に・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・細君の答に「御申越の借家は二軒共不都合もなき様被存候えば私倫敦へ上り候迄双方共御明け置願度若し又それ迄に取極め候必要相生じ候節は御一存にて如何とも御取計らい被下度候とあった。カーライルは書物の上でこそ自分独りわかったような事をいうが、家をき・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・あなた方は今私の講演を聴いておいでになる、私は今あなた方を前に置いて何か言っている、双方共にこういう自覚がある。それに御互の心は動いている。働いている。これを意識と云うのであります。この意識の一部分、時に積れば一分間ぐらいのところを絶間なく・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫