・・・これを得る喜悦、これを得る高慢のために高慢税を納めることを敢てしたのである、その高慢税の額は間接に皆利休の査定するところであったのである。自身はそんな卑役を取るつもりはなかったろうが、自然の勢で自分も知らぬ間に何時かそういう役廻りをさせられ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・暮れからずっと続けている薬を旅の鞄に納めることも忘れてはならなかった。私は同伴する人たちのことを思い、ようやく回復したばかりのような自分の健康のことも気づかわれて、途中下諏訪の宿屋あたりで疲れを休めて行こうと考えた。やがて、四月の十三日とい・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・旅館へ帰り、原稿用紙にむかって、いたずらがきして居れば、おのれの文字のひとつひとつが、額縁に収めるにふさわしく思えるのだった。文章ひとつひとつが、不朽のものらしく感じられるのだった。そんなゆがめられた歓喜の日をうかうかと送っているうちに、私・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・ 映画で同時に別々の場所で起こっている事がらの並行的なモンタージュによって特殊の効果を収める。「餅作るならの広葉を打ち合わせ」という付け句を「親と碁をうつ昼のつれづれ」という前句に付けている。座敷の父とむすこに対して台所の母と嫁を出した・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・広大な戦場や都市を空中写真によって圧縮してスクリーンのわく内に収めることもできれば、スターの片方の目だけを同じスクリーンいっぱいに写し出すこともできる。従って、この特徴と重写の技巧とを併用すれば、一粒の芥子種の中に須弥山を収めることなどは造・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・少なくも自分の場合には何枚かの六×九センチメートルのコダック・フィルムの中に一九三一年における日本文化の縮図を収めるつもりで歩くのであるが、なかなかそううまくは行かない。しかしそういうつもりで、この特別な目をぶらさげて歩いているだけでもかな・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・実験の方でも高価な既成の器械を買ってやるよりも、自分で考案した一見じじむさいように見える器械装置を使って、そうして必要なる程度での最良の効果を収めることに興味をもっていたように見える。実験上のテクニックでも人の真似をするよりは何かしら一工夫・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・雪渓に高山植物を摘み、火口原の砂漠に矮草の標本を収めることも可能である。 同種の植物の分化の著しいことも相当なものである。夏休みに信州の高原に来て試みに植物図鑑などと引き合わせながら素人流に草花の世界をのぞいて見ても、形態がほとんど同じ・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・つまり人間の体内に耆婆扁鵲以上の名医が居て、それが場合に応じて極めて微妙な調剤を行って好果を収めるらしいというのである。「それじゃ結局昔の草根木皮を調合した万病の薬が一番合理的ではないか」と聞いたら「まあ、そんなものだね」という返事であった・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・これに反して自然主義から云えば道義の念に訴えて芸術上の成功を収めるのが本領でないから、作中にはずいぶん汚ない事も出て来る、鼻持のならない事も書いてある。けれどもそれが道心を沈滞せしめて向下堕落の傾向を助長する結果を生ずるならばそれは作家か読・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
出典:青空文庫