・・・ そのくせ生徒にも父兄にも村長にもきわめて評判のよいのは、どこか言うに言われぬ優しいところがあるので、口数の少ない代わりには嘘を言うことのできない性分、それは目でわかる、いつも笑みを含んでいるので。 嫁を世話をしよう一人いいのがある・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・百姓には珍らしく、からだつきがほっそりして、色が白く、おとなになったら顔がちょっとしゃくれて来て、悪く言えば般若面に似たところもありましたが、しかし、なかなかの美人という町の評判で、口数も少く、よく働き、それに何よりも、私に全然れいのこだわ・・・ 太宰治 「嘘」
・・・私は、めっきり口数を少くした。「さ、どうぞ。おいしいものは、何もございませんが、どうぞ、お箸をおつけになって下さい。」小坂氏は、しきりにすすめる。「それ、お酌をせんかい。しっかり、ひとつ召し上って下さい。さ、どうぞ、しっかり。」しっかり・・・ 太宰治 「佳日」
・・・まさか私たちの間は、そんなにひどく変ったわけではございませんけれど、でも、お互に遠慮が出て、御挨拶まで叮嚀になり、口数も少なくなりましたし、よろずに大人びてまいりました。どちらからも、あの写真の一件に就いて話するのを避けるようになりまして、・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・けれども私は、その少女と、あまり口数多く語らなかった。いや、語れなかった。「君の名は、なんて言うの?」「私、雪。」「雪、いい名だ。」 それからまた三十分も私たちは黙っていた。ああ、黙っていても少女が私から離れぬのだ。沈黙のう・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・つぶらな眼と濃い眉毛を持っていて、口数はすくないがいつもニコニコしている少年だった。もっとも林君もたっしゃでいてくれればもうお父さんになってる筈だから、ひょっとすればその林君の子供が、この読者にまじっていて、昔の茂少年とそっくりに頬っぺたブ・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・けれども重吉にはそんなわだかまりがないから、いくら口数を減らしてもその態度がおのずから天然であった。しまいに自分はまじめになって、こう言った。「実は昨夕もあんなに話した、あのことだがね。どうだ、いっそのこときっぱり断わってしまっちゃ」・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・その、自分の家でありながら六畳の方へは踏み込まず、口数多い神さんが気に入らなかったが、座敷は最初からその目的で拵えられているだけ、借りるに都合よかった。戸棚もたっぷりあったし、東は相当広い縁側で、裏へ廻れるように成ってもいる。 陽子は最・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 今まであんまり口数をきかなかった中位の妓が云い出した。「そうですとも……もとからすきだったのが御うたきいたんで倍も倍もすきになったんです、どうして心配なの? すきだって何にも悪かないでしょう……」こんな事を平気なかおして私は云いのけた・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・いかにも母親の注意が細かに行き届いた好い服装をし、口数の尠い男だが、普請は面白いと見え、土曜日の午後からふらりと来て夕方までいて行くことなどあった。母親もそうだが、この大学生にもどこか内気に人懐こいようなところがあった。草を拉いで積み重ねた・・・ 宮本百合子 「牡丹」
出典:青空文庫