・・・という題で、長兄が、それを私に口述筆記させました。いまでも覚えて居ります。二階の西洋間で、長兄は、両手をうしろに組んで天井を見つめながら、ゆっくり歩きまわり、「いいかね、いいかね、はじめるぞ。」「はい。」「おれは、ことし三十にな・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・そうして、その婦女子のねむけ醒しのために、あの人は目を潰してしまいまして、それでも、口述筆記で続けたってんですから、馬鹿なもんじゃありませんか。 余談のようになりますが、私はいつだか藤村と云う人の夜明け前と云う作品を、眠られない夜に朝ま・・・ 太宰治 「小説の面白さ」
・・・書生たちは、われもわれもと三郎に手紙の代筆、もしくは口述をたのんだのである。金が来ると書生たちは三郎を誘って遊びに出かけ、一文もあますところなく使った。黄村の塾はそろそろと繁栄しはじめた。噂を聞いた江戸の書生たちは、若先生から手紙の書きかた・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・ 以下は、その日の、母子協力の口述筆記全文である。 ――玉のような子が生れました。男の子でした。城中は喜びに沸きかえりました。けれども産後のラプンツェルは、日一日と衰弱しました。国中の名医が寄り集り、さまざまに手をつくしてみましたが・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・その講談は老人の猶衰えなかった頃徒歩して昼寄席に通い、其耳に親しく聴いたものに較べたなら、呆れるばかり拙劣な若い芸人の口述したものである。然し老人は倦まずによく之を読む。 わたくしが菊塢の庭を訪うのも亦斯くの如くである。老人が靉靆の力を・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・ マルクス主義作家として、飽くまでも合理的な文化建設のために働くことを任務とすると、自分は口述した。「ふむ……」 煙草をふかしながら、自分の書いた文字を中川はやや暫く眺めていたが、「――ここは変えられないかね」 灰をおと・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・民主主義文学の話のときは、口述や速記の中の一つの誤記が、ときと場合でどういう怪物としてつかわれるかを学んだ。 彼の聴衆や読者というものは、『新日本文学』などを決してよむことのない人たちとして、平野氏は、ああいう話しかたをしたのだろうか。・・・ 宮本百合子 「孫悟空の雲」
・・・が着手せられ始めた頃、彼は自分の病が現代の医学では如何ともし難いのを知って一日に十時間から十二時間も骨の折れる小説口述の仕事を続けた。その一部が書き上げられて印刷に付せられた昨年の冬、オストロフスキーの高潔な生涯は終ったのであった。 一・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
・・・ あの講演会から病気がわるくなって、いまも床の上です。口述していただいて返事をかきます。あの講演会でもわかるように、この頃だんだんいろいろな作家がファシズムに反対し、日本の独立と平和とを守るためには一致した気持で集りもするようになってき・・・ 宮本百合子 「ファシズムは生きている」
・・・長椅子の上であえぎながら、彼女は報告を読み、手紙を口述し、心悸亢進の合間には熱病的な冗談をとばした。ナイチンゲールは、イギリスの陸軍病院の全組織の改善という大計画につかれているのであった。自分の体のままにならないフロレンスは間もなく自分の周・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
出典:青空文庫