・・・いくら口銭を取るのか知らないが、わざと夜を選んでやって来たのも、小心な俄か闇屋らしかった。「千箱だと一万円ですね」「今買うて置かれたら、来年また上りますから結局の所……」「しかし僕は一万円も持っていませんよ」 当にしていた印・・・ 織田作之助 「世相」
・・・骨董商はちょっと取片付けて澄ましているものだが、それだって何も慈善事業で店を開いている訳ではない、その道に年期を入れて資本を入れて、それで妻子を過しているのだから、三十円のものは口銭や経費に二十円遣って五十円で買うつもりでいれば何の間違はな・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・窓より首さしのべて行手を見るに隧道眼前にようぜんとして向うの口銭のまわりほどに見ゆ。これを過ぐれば左に鳰の海蒼くして漣水色縮緬を延べたらんごとく、遠山模糊として水の果ても見えず。左に近く大津の町つらなりて、三井寺木立に見えかくれす。唐崎はあ・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・少なからず抜けては居るが、この爺をこの上なく大切がって居る女房は、百姓共の小供の着物等を縫ってやって僅かの口銭を取って居る。 長い事、煙草をふかして居た甚五郎は「やっこらさ」と立ちあがって、祖母の居る茶の間の入口に小山の様に大きく膝をつ・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫