・・・ズボンも同じ色で、やはり見た所古くはないらしい。靴下はまっ白であるが、リンネルか、毛織りか、見当がつかなかった。それから髯も髪も、両方とも白い。手には白い杖を持っていた。」――これは、前に書いた肺病やみのサムエル・ウォリスが、親しく目撃した・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・「あまり古くなりましたんでついこの間……」「費用は事務費で仕払ったのか……俺しのほうの支払いになっているのか」「事務費のほうに計上しましたが……」「矢部に断わったか」 監督は別に断わりはしなかった旨を答えた。父はそれには・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 十六か七の時、ただ一度――場所は築地だ、家は懐石、人も多いに、台所から出入りの牛乳屋の小僧が附ぶみをした事のあるのを、最も古くから、お誓を贔屓の年配者、あたまのきれいに兀げた粋人が知っている。梅水の主人夫婦も、座興のように話をする。ゆ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 中戸を開けて、土間をずッと奥へ、という娘さんの指図に任せて、古くて大きいその中戸を開けると、妙な建方、すぐに壁で、壁の窓からむこう土間の台所が見えながら、穴を抜けたように鉤の手に一つ曲って、暗い処をふっと出ると、上框に縁がついた、吃驚・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
一 ある山のふもとに、大きな林がありました。その林の中には、いろいろな木がたくさんしげっていましたが、一番の王さまとも見られたのは、古くからある大きなひのきの木でありました。 また、この林の中には、たくさんな鳥がすんでいまし・・・ 小川未明 「あらしの前の木と鳥の会話」
・・・雑誌の価値は、古くなればなる程出て来るものです。この点に於て、書物と対蹠的の感じがします。 この理由は、個人の研究や、創造はいかに貴くとも幾十年の間も、その光輝を失わぬものは少ないけれど、これに反し、集団の行動は、その動向を知るだけでも・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・昨日の大阪の顔は或は古く或は新しくさまざまな粧いを凝らしていたものだが、今日の大阪はすでに在りし日のそうした化粧しない、いわゆる素顔である。つまりは、素顔の中に泛んだ表情なのである。それだけに本物であり、そしてまた本物であるだけに、わざとら・・・ 織田作之助 「起ち上る大阪」
・・・ 翌日、瞳に詰め寄ると、古くからの客ゆえ誘われれば断り切れぬ義理がある。たまに活動写真ぐらいは交際さしたりイなと、突っ放すような返事だった。取りつく島もない気持――が一層瞳へひきつけられる結果になり、ひいては印刷機械を売り飛ばした。あち・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・何しろいずれもあまり古くから家に伝ったものではないようですね」 耕吉は最後の一句に止めを刺されたような気がして、恐縮しきって、外へ出た。 銀座の方へ廻ると言って電車に乗った芳本と別れて、耕吉は風呂敷包を右に左に持替えて、麹町の通りを・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・の婆さんと言われている年寄っただるま茶屋の女が、古くからいたその「角屋」からとび出して一人で汁粉屋をはじめている家である。客の来ているのは見たことがない。婆さんはいつでも「滝屋」という別のだるま屋の囲爐裡の傍で「角屋」の悪口を言っては、硝子・・・ 梶井基次郎 「温泉」
出典:青空文庫