ある秋仏蘭西から来た年若い洋琴家がその国の伝統的な技巧で豊富な数の楽曲を冬にかけて演奏して行ったことがあった。そのなかには独逸の古典的な曲目もあったが、これまで噂ばかりで稀にしか聴けなかった多くの仏蘭西系統の作品が齎らされ・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・ああ、古典的完成、古典的秩序、私は君に、死ぬるばかりのくるしい恋着の思いをこめて敬礼する。そうして、言う。さようなら。 むかし、古事記の時代に在っては、作者はすべて、また、作中人物であった。そこに、なんのこだわりもなかった。日記は、その・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・もやはりアメリカの人たちの指導のおかげか、戦前、戦時中のあの野暮ったさは幾分消えて、なんと、なかなか賑やかなもので、突如として教会の鐘のごときものが鳴り出したり、琴の音が響いて来たり、また間断無く外国古典名曲のレコード、どうにもいろいろと工・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・そいつの言ってる秩序ってのは、古い昔の秩序の事なんだ。古典擁護に違いない。フランスの伝統を誇っているだけなんですよ。うっかり、だまされるところだった。」「いや、いや、」私は狼狽して、あぐらを組み直した。「そういう事は無い。」「秩序っ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 音楽の中では古典的なものを好むそうである。特にゴチックの建築に譬えられるバッハのものを彼が好むのは偶然ではないかもしれない。ベートーヴェンの作品でも大きなシンフォニーなどより、むしろカンマームジークの類を好むという事や、ショパン、シュ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ アインシュタインの考えでは、若い人の自然現象に関する洞察の眼を開けるという事が最も大切な事であるから、従って実科教育を十分に与えるために、古典的な語学のみならず「遠慮なく云えば」語学の教育などは幾分犠牲にしても惜しくないという考えらし・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・でもやはり古典になってしまうであろう、義太夫音楽でも時とともに少しずつその形式を進化させて行けば「モロッコ」や「街の灯」の浄瑠璃化も必ずしも不可能ではないであろう。こんな空想を帰路の電車の中で描いてみたのであった。 このはじめて見た文楽・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・ギリシャ古典の芸術を尊むがために、誰か今日、時代の復古を夢見るものがあろう。甲戌十二月記 永井荷風 「里の今昔」
・・・良少年をお顧客の文芸雑誌で飯を喰う売文の奴とまで成り下ってしまったが、さすがに筋目正しい血筋の昔を忘れぬためか、あるいはまた、あらゆる芸術の放胆自由の限りを欲する中にも、自然と備る貴族的なる形の端麗、古典的なる線の明晰を望む先生一流の芸術的・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・後三年を経ずして、わたしが少しく古文書について知らん事を欲した時、古書に精通した島田はそのために身を誤り既にこの世にはいなかったのであった。 話は後へ戻る。その夜唖々子が運出した『通鑑綱目』五十幾巻は、わたしも共に手伝って、富士見町の大・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
出典:青空文庫