・・・半分と立たぬ間に余の右側を掠めるごとく過ぎ去ったのを見ると――蜜柑箱のようなものに白い巾をかけて、黒い着物をきた男が二人、棒を通して前後から担いで行くのである。おおかた葬式か焼場であろう。箱の中のは乳飲子に違いない。黒い男は互に言葉も交えず・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・いつもは左側にある街路の町家が、逆に右側の方へ移ってしまった。そしてただこの変化が、すべての町を珍しく新しい物に見せたのだった。 その時私は、未知の錯覚した町の中で、或る商店の看板を眺めていた。その全く同じ看板の絵を、かつて何所かで見た・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・それからまたズーズーズーズー行く中に急に明りがさしたから、見ると右側に一面にスリガラスを入れた家がある。内側には灯が明るくついて居るので鉢植の草が三鉢ほどスリガラスに影を写してあざやかに見える。一つは丸い小い葉で、一つは万年青のような広い長・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・ ブドリがその間を、しばらく歩いて行きますと、道のまん中に二人の人が、大声で何かけんかでもするように言い合っていました。右側のほうのひげの赭い人が言いました。「なんでもかんでも、おれは山師張るときめた。」 するとも一人の白い笠を・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・俄かに道の右側にがらんとした大きな石切場が口をあいてひらけて来た。学士は咽喉をこくっと鳴らし中に入って行きながら三角の石かけを一つ拾い「ふん、ここも角閃花崗岩」とつぶやきながらつくづくとあたりを見れば石切・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・ 少しダラダラ坂になった通りを行くと、右側に煉瓦の大きい工場が現れた。がっしりとした門にソヴェト同盟の国標、鎚と鎌をぶっちがえにしたものを麦束でとりかこんだ標がかかげてあり、その上に、ドン国立煙草工場と金字で書いてある。門衛がいるが、一・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・もう十四五年にもなるから、代が変っているかもしれないが、その坂の下り口の右側に、一軒門構えの家があった。坂の中途の家というのは何となく陰気なものだ。そこも門から八ツ手などの植った玄関までだらだら下りになっていて、横手に見える玄関の格子はいつ・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・ 中食の卓とちょうど反対のところに、大きな炉があって、火がさかんに燃えていて、卓の右側に座っている人々の背を温めている。雛鶏と家鴨と羊肉の団子とを串した炙き串三本がしきりに返されていて、のどかに燃ゆる火鉢からは、炙り肉のうまそうな香り、・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
小日向から音羽へ降りる鼠坂と云う坂がある。鼠でなくては上がり降りが出来ないと云う意味で附けた名だそうだ。台町の方から坂の上までは人力車が通うが、左側に近頃刈り込んだ事のなさそうな生垣を見て右側に広い邸跡を大きい松が一本我物顔に占めてい・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・その坂を一町ほどのぼりつめた右側が漱石山房であった。門をはいると右手に庭の植え込みが見え、突き当たりが玄関であったが、玄関からは右へも左へも廊下が通じていて、左の廊下は茶の間の前へ出、右の廊下は書斎と客間の前へ出るようになっていた。ところで・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫