・・・ただやはり顔馴染みの鎮守府司令長官や売店の猫を見た時の通り、「いるな」と考えるばかりである。しかしとにかく顔馴染みに対する親しみだけは抱いていた。だから時たまプラットフォオムにお嬢さんの姿を見ないことがあると、何か失望に似たものを感じた。何・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・それはこの時彼等の間へ、軍司令官のN将軍が、何人かの幕僚を従えながら、厳然と歩いて来たからだった。「こら、騒いではいかん。騒ぐではない。」 将軍は陣地を見渡しながら、やや錆のある声を伝えた。「こう云う狭隘な所だから、敬礼も何もせ・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・「蓄音機は司令部へ行ったぜ」 と、若い当番兵が答えた。「今、司令部から電話掛って来て、あわてて駈けつけて行きやがった。赤鬼みたいに酔っぱらっとったが、出て行く時は青鬼みたいに青うなっとったぜ。どうやら、日本は降伏するらしい。明日・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・露西亜の旅団司令部か何かに使っていたのを占領したものだ。廊下へはどこからも光線が這入らなかった。薄暗くて湿気があった。地下室のようだ。彼は、そこを、上等兵につれられて、垢に汚れた手すりを伝って階段を登った。一週間ばかりたった後のことだ。二階・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 衛兵司令は、大隊長が鞭で殴りに来やしないか、そのひどい見幕を見て、こんなことを心配した位いだった。「副官!」 彼は、部屋に這入るといきなり怒鳴った。「副官!」 副官が這入って来ると、彼は、刀もはずさず、椅子に腰を落して・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・「軍司令官はどこまでも戦争をするつもりなんだろうか。」「内地からそれを望んできとるというこったよ。」「いやだな。――わざわざ人を寒いところへよこして殺し合いをさせるなんて!」 木村は、ときどき話をきらして咳をした。痰がのどに・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・が、パルチザンの正体と居所を突きとめることに苦しんでいる司令部員は、密偵の予想通り、この針小棒大な報告を喜んだ。彼等は、パルチザンには、手が三本ついているように、はっきりほかの人間と見分けがつくことを望んでいたのだ。 大隊長は、そのパル・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・全く泥棒のような仕業に、自分達だけをこき使う司令官を「馬鹿野郎!」と呶鳴りつけてやりたかった。 栗本は闇を喜んだ。殴られた馬は驚いてはね上った。橇がひっくりかえりそうに、一瞬に五六間もさきへ宙を辷った。アメリカ兵は橇の上から懐中電燈でう・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 三日には東京府、神奈川、静岡、千葉、埼玉県に戒厳令が布かれ、福田大将が司令官に任命されて、以上の地方を軍隊で警備しはじめました。そのため、東京市中や市外の要所々々にも歩哨が立ち、暴徒しゅう来等の流言にびくびくしていた人たちもすっかり安・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・私がマ司令に密告するわけじゃあるまいし。 きょうは、あなたのお手紙の長さに感奮し、その返礼の気持もあり、こんな馬鹿正直の無警戒の手紙を差上げる事になりました。 私たちは程度の差はあっても、この戦争に於いて日本に味方をしました。馬鹿な・・・ 太宰治 「返事」
出典:青空文庫