・・・朝起きては、身の内の各部に疼痛倦怠を覚え、その業に堪え難き思いがするものの、常よりも快美に進む食事を取りつつひとたび草鞋を踏みしめて起つならば、自分の四肢は凛として振動するのである。 肉体に勇気が満ちてくれば、前途を考える悲観の観念もい・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・出発点における主題に含まれているものを順次にその構成要素に解きほごして行ってその各部の具体的設計を完成する過程である。 このようにしてできた設計が完成すれば次には、これらの各部分が工人の手によって実物に作り上げられなければならない。すな・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・曲の各部をリードしている楽器を時々に抽出してその方に吾々の注意を向けてくれる。例えばファゴットの管の上端の楕円形が大きく写ると同時にこの木管楽器のメロディーが忽然として他の音の波の上に抜け出て響いて来るのである。こういうことは作曲者かあるい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・その怪物の透明な肢体の各部がいろいろ複雑微妙な運動をしている。しかしわれわれ愚かな人間にはそれらの運動が何を意味するか、何を目的としているか全くわからない。わからないから見ていて恐ろしくなりすごくなる。哀れな人間の科学はただ茫然として口をあ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・人間の身体各部が最初の格好な物さしである。手の届かぬ距離の計測には両眼の距離が基線となって無意識の間に巧妙な測量術が行なわれる。時間の測定には必ずしも時計はいらない。短い時間には脈搏が尺度になり、もう少し長い時間の経過は腹の減り方や眠けの催・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・元の機械は相当感度がよかったために、アンテナはわずかに二メートルくらいの線を鴨居の電話線に並行させただけで、地中線も何もなしに十分であったのが、捲線が次第に黴びたり、各部の絶縁が一体に悪くなったりしたために感度が低下し、その上にラジオ商が外・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・と云う訳で、少しでも労力を節減し得て優勢なるものが地平線上に現われてここに一つの波瀾を誘うと、ちょうど一種の低気圧と同じ現象が開化の中に起って、各部の比例がとれ平均が回復されるまでは動揺してやめられないのが人間の本来であります。積極的活力の・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ 鼻の先から出る黒煙りは鼠色の円柱の各部が絶間なく蠕動を起しつつあるごとく、むくむくと捲き上がって、半空から大気の裡に溶け込んで碌さんの頭の上へ容赦なく雨と共に落ちてくる。碌さんは悄然として、首の消えた方角を見つめている。 しばらく・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・信州の宿屋の一こま、産婆のいかがわしい生活の一こま、各部は相当のところまで深くつかまれているけれども、場面から場面への移りを、内部からずーと押し動かしてゆく流れの力と幅とが足りないため、移ったときの或るぎこちなさが印象されるのである。 ・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・は巨大工場で未完成だ。各部がまだクラブを職場の近所の建物の中にもっている。丁度昼休みで、ソヴェト同盟の労働者が仕事着のままその前に坐っているピアノの音が聞えはじめたという訳だ。ここではタイプライターで綺麗にうった職場の壁新聞を見た。 強・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
出典:青空文庫