・・・が、爰で名句が浮んで来るようでは文人の縁が切れない。絶句する処が頼もしいので、この塩梅ではマダ実業家の脈がある、」と呵然として笑った。 汽車の時間を計って出たにかかわらず、月に浮かれて余りブラブラしていたので、停車場でベルが鳴った。周章・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・君はその時、 山は暮れ野は黄昏の薄かなの名句を思いだすだろう。 六 今より三年前の夏のことであった。自分はある友と市中の寓居を出でて三崎町の停車場から境まで乗り、そこで下りて北へ真直に四五丁ゆくと桜・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・凡兆の名句に、師匠が歴然と敗北している。手も足も出ないという情況だ。あつしあつしと門々の声。前句で既に、わかり切っている事だ。芸の無い事、おびただしい。それにつづけて、 二番草取りも果さず穂に出て 去来だ。苦笑を禁じ得ない。さぞ・・・ 太宰治 「天狗」
・・・と川柳子も已に名句を吐いている。珍々先生は生れ付きの旋毛曲り、親に見放され、学校は追出され、その後は白浪物の主人公のような心持になってとにかくに強いもの、えばるものが大嫌いであったから、自然と巧ずして若い時分から売春婦には惚れられがちであっ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・けだし一茶の作時に名句なきにはあらざるも、全体を通じて言えば句法において蕪村の「酒を煮る」「絵団扇」のごときしまりなく、意匠において「杜若」「時雨」のごとき趣味を欠きたり。蕪村は漢語をも古語をも極端に用いたり。佶屈なりやすき漢語も佶屈ならし・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫