・・・そのとき英国の美術館にある名画の写真をいろいろ見せられて、その中ですきなのを二三枚取れと言われたので、レイノルズの女の子の絵やムリリョのマグダレナのマリアなどをもらった。先生の手かばんの中から白ばらの造花が一束出て来た。それはなんですかと聞・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・油画は御茶の水の写生、あまり名画とは見えぬようである。不折ほど熱心な画家はない。もう今日の洋画家中唯一の浅井忠氏を除けばいずれも根性の卑劣なぼうしつの強い女のような奴ばかりで、浅井氏が今度洋行するとなると誰れもその後任を引受ける人がない。な・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・それほど近所に居ながらこれも這入ったのはただ一度だけであったし、見たものの記憶の薄れたことも同前である。名画をもじったタブロー・ヴィヴァンの中にダヴィドの「ルカミエー夫人」を模したのなどは美しかったが、シャバの「水浴の少女」をそっくりそのま・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・新宿の帝都座で、モデルの女を雇い大きな額ぶちの後に立ったり臥たりさせ、予め別の女が西洋名画の筆者と画題とを書いたものを看客に見せた後幕を明けるのだという話であった。しかしわたくしが事実目撃したのは去年になってからであった。 戦争前からわ・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・「そのまま、そのまま、そのままが名画じゃ」と一人が云うと「動くと画が崩れます」と一人が注意する。「画になるのもやはり骨が折れます」と女は二人の眼を嬉しがらしょうともせず、膝に乗せた右手をいきなり後ろへ廻わして体をどうと斜めに反ら・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・嫁に行かれないとか、職業が見つからないとか、または昔しから養成された、女を尊敬するという気風につけ込むのか、何しろあれは英国人の平生の態度ではないようです。名画を破る、監獄で断食して獄丁を困らせる、議会のベンチへ身体を縛りつけておいて、わざ・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・西洋でもそれは同で、漁夫の家庭のめぐり会う悲しみを描いた名画や、それでも海の子はやっぱり海へとひかれてゆく物語には、いくつも立派なものがある。 海に働く良人や父をもつ女の生活は、そのように農家の女の余り知らない心づかいをその底にもって営・・・ 宮本百合子 「漁村の婦人の生活」
・・・五百十五頁の『キング』一冊に五枚一組袋入りの額面用名画というブルジョア画家の画の複製が景品について来た。 成程、この画は壁の破れたところに貼っても一寸体裁がよかろう。壁が破れても修繕はしてくれず、家賃ばかり矢の催促にくる大家に対して、借・・・ 宮本百合子 「『キング』で得をするのは誰か」
・・・マチスやユトリロの名画は、日ごろは特定の個人に秘蔵されていて、盗まれ横領にあった騒ぎではじめてわれわれ人民の耳目にふれて来る。旧所有者たる貴族、華族の経済的崩壊にともなって「国宝」の人民的保管の必要は焦眉の急である。美術的国宝を社寺とひきは・・・ 宮本百合子 「国宝」
・・・キット、古い人のかいた名画の中の人がこの美くしい雪の色に誘われて来たんだと思ったでしょう。旅人は夢のような気持で何か暖いものに抱かれたような気持で歩きました。いつの間にか目の前に美くしい小さい家が出ました。白い煉瓦で形よくつまれて、まわりに・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
出典:青空文庫