・・・ 姉は父の方へ向き直ると、突然険しい目つきを見せた。「あの時はお前も簪だの櫛だの買って貰ったじゃないか?」「ええ、買って貰いました。買って貰っちゃいけないんですか?」 姉は頭へ手をやったと思うと、白い菊の花簪をいきなり畳の上・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ 私が向き直ると、ヤコフ・イリイッチは一寸苦がい顔をして、汗ばんだだぶだぶな印度藍のズボンを摘まんで、膝頭を撥きながら、突然こう云い出した。 おい、船の胴腹にたかって、かんかんと敲くからかんかんよ、それは解せる、それは解せるがかんか・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・菊代、戸口のところに立ち上り、野中教師のほうにくるりと向き直る。口笛は、なお聞えている。お友だちのところへ。 それじゃあの歌は、あなたが教えてやったのですね?そうよ。あたしたちは音楽会をひらくのよ。音楽会をひ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・しかしそれはわずかに十度か二十度ぐらい回転するだけで、すっかり元の方向まで向き直るようなことはない。なんべんも繰り返してみたが同じ結果であった。 道路に沿うて頭の上を電線が走っている。それにたくさんのとんぼが止まっているが、それがみんな・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
出典:青空文庫