・・・ 譚はテエブルに頬杖をつき、そろそろ呂律の怪しい舌にこう僕へ話しかけた。「うん、通訳してくれ。」「好いか? 逐語訳だよ。わたしは喜んでわたしの愛する………黄老爺の血を味わいます。………」 僕は体の震えるのを感じた。それは僕の・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・若旦那は、ありがたいか、暖かな、あの屋台か、五音が乱れ、もう、よいよい染みて呂律が廻らぬ。その癖、若い時から、酒は一滴もいけないのが、おでんで濃い茶に浮かれ出した。しょぼしょぼの若旦那。 さて、お妻が、流れも流れ、お落ちも落ちた、奥州青・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・かん高く叫んで、多少、呂律がまわらなかった。よろめいて、耳をふさぎ、「ああ、聞きたくない、聞きたくない。あなたまで、そんな、情ないことおっしゃる。ずるい、ずるい。意気地がない。臆病だ。負け惜しみだ。ああ、もう、理屈は、いやいや。世の中の人た・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・そもそもこのペンすなわち内の下女なるペンになぜ我輩がこの渾名を呈したかと云うと、彼は舌が短かすぎるのか長すぎるのか呂律が少々廻り兼ねる善人なる故に I beg your pardon と云う代りにいつでも bedge pardon と云うか・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
出典:青空文庫