・・・ またその桔梗いろの冷たい天盤には金剛石の劈開片や青宝玉の尖った粒やあるいはまるでけむりの草のたねほどの黄水晶のかけらまでごく精巧のピンセットできちんとひろわれきれいにちりばめられそれはめいめい勝手に呼吸し勝手にぷりぷりふるえました。 ・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・人間として成長のためには、本当に愛情を育ててゆけるためにも、社会生活のひろさの中に呼吸して職業をも持って結婚生活をしてゆきたいと思う。そういう希望も現在では女の本心から抱かれていると思う。ところが、職業の種類で結婚のあいてにめぐり合うことが・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・』 かあいそうに老人は、憤怒と恐怖とで呼吸をつまらした。『そんな嘘が、そんな嘘が――正直ものを誣るような、そんな嘘が言えるものなら!』 かれは十分弁解した、かれは信ぜられなかった。 かれはマランダンと立ち合わされた。マランダ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・ひゅうひゅうと云うのは、切られた気管の疵口から呼吸をする音であった。お蝶の傍には、佐野さんが自分の頸を深くえぐった、白鞘の短刀の柄を握って死んでいた。頸動脉が断たれて、血が夥しく出ている。火鉢の火には灰が掛けて埋めてある。電灯には血の痕が附・・・ 森鴎外 「心中」
・・・これが、この花園の中で呼吸している肺臓の特種な運動の体系であった。 五 ここの花園の中では、新鮮な空気と日光と愛と豊富な食物と安眠とが最も必要とされていた。ここでは夜と雲とが現われない限り、病舎に影を投げかけるも・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・というのは、全身を指揮棒に代えて群衆の呼吸を合わせているのである。京都の祇園祭りの鋒の山車の引き方はその幽かな遺習であるかもしれない。大阪城の巨石のごときは何百人何千人の力を一つの気合いに合わせなくては一尺を動かすこともできなかったであろう・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫