・・・ 私はしかし、小さい頃から和やかな瀬戸内海の自然に親しむよりは、より多く人間と人間との関係を見て大きくなった。貧しい者の悲しみや、露骨なみにくい競いや、諂いをこれ事としている人間を見て大きくなった。慾のかたまりのような人間や、狡猾さが鼻・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・部屋の空気は期せずして和やかになり、私たち三人、なんだか互に親しさを感じ合った。私は、このまま三人一緒に外出して、渋谷のまちを少し歩いてみたいと思った。日が暮れる迄には、まだ、だいぶ間が在る。私は熊本君から風呂敷を借りて、それに脱ぎ捨てた着・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・いつも両腕を組んだ主宰者の技師は、静かな額に徳望のある気品を湛えていて、ひとり和やかに沈む癖があった。 東京からの客は少量の酒でも廻りが早かった。額の染った高田は仰向きに倒れて空を仰いだときだった。灯をつけた低空飛行の水上機が一機、丘す・・・ 横光利一 「微笑」
・・・非常に広濶な、偏執のない心が、あらゆる対象へ差別のない愛を注ぎながら、静かに、和やかに、それらを見まもっている、――そういう印象を与える。しかしそれは、木下杢太郎が実際生活においてそういう博大な心を持っている、という印象ではない。彼は享楽人・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
出典:青空文庫