・・・自分はほとんどその哀音悲調を聴くに堪えなかった。恋の曲、懐旧の情、流転の哀しみ、うたてやその底に永久の恨みをこめているではないか。 月は西に落ち、盲人は去った。翌日は彼の姿を鎌倉に見ざりし。・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・食糧を貯蔵しなかった怠け者の蟋蟀が木枯しの夜に死んで行くというのが大団円であったが、擬音の淋しい風音に交じって、かすかなバイオリンの哀音を聞かせるのが割に綺麗に聞きとれるので、これくらいならと思って安心したのであった。 色々な種類の放送・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・ 支那蕎麦屋の夜陰に吹き鳴す唐人笛には人の心を動す一種の哀音がある。曾て場末の町の昼下りに飴を売るものの吹き歩いたチャルメラの音色にも同じような哀愁があったが、これはいつか聞かれなくなった。按摩の笛の音も色町を除くの外近年は全く絶えたよ・・・ 永井荷風 「巷の声」
出典:青空文庫