・・・多くの人は蕪村が漢語を用うるをもってその唯一の特色となし、しかもその唯一の特色が何故に尊ぶべきかを知らず、いわんや漢語以外に幾多の特色あることを知る者ほとんどこれなきに至りては、彼らが蕪村を尊ぶゆえんを解するに苦しむなり。余はここにおいて卑・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・王様はこの私の唯一人の王でございます。遠いむかしから私めの先生でございます。私はあのお方の愚かなしもべでございます。いや、まだおわかりになりますまい。けれどもやがておわかりでございましょう。それでは夜の明けないうちに竜巻にお伴致させます。こ・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
・・・って来ていて、人間としてある成長の希望を心に抱いている男のひと自身、すでに、いわゆる女らしく、朝は手拭を姉様かぶりにして良人を見送り、夕方はエプロン姿で出迎えてひたすら彼の力弱い月給袋を生涯風波なしの唯一のたよりとし、男として愛するから良人・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・亡くなる少し前に、「弥一右衛門奴はお願いと申すことを申したことはござりません、これが生涯唯一のお願いでござります」と言って、じっと忠利の顔を見ていたが、忠利もじっと顔を見返して、「いや、どうぞ光尚に奉公してくれい」と言い放った。 弥一右・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・それにしても、この少年が祖国の危急を救う唯一の人物だとは、――実際、今さし迫っている戦局を有利に導くものがありとすれば、栖方の武器以外にありそうに思えないときだった。しかし、それにしても、この栖方が――幾度も感じた疑問がまた一寸梶に起ったが・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ここに日本画を現在の浪漫主義から救う唯一の道がありはしないか。 僕は暗示的な描き方を排しようとするのではない。ただその狭い領域に立てこもることの危険を感ずるのである。 さて右のごとき問題を抱いて諸家の作品を遠くからながめる。川端竜子・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫