・・・パッパ、チイチイ諸きおいに歓喜の声を上げて、踊りながら、飛びながら、啄むと、今度は目白鳥が中へ交った。雀同志は、突合って、先を争って狂っても、その目白鳥にはおとなしく優しかった。そして目白鳥は、欲しそうに、不思議そうに、雀の飯を視めていた。・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・渠が書斎の椽前には、一個数寄を尽したる鳥籠を懸けたる中に、一羽の純白なる鸚鵡あり、餌を啄むにも飽きたりけむ、もの淋しげに謙三郎の後姿を見遣りつつ、頭を左右に傾けおれり。一室寂たることしばしなりし、謙三郎はその清秀なる面に鸚鵡を見向きて、太く・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・湖畔、呉王廟に立ち寄って、見るものみな懐しく、悲しみもまた千倍して、おいおい声を放って廟前で泣き、それから懐中のわずかな金を全部はたいて羊肉を買い、それを廟前にばら撒いて神烏に供して樹上から降りて肉を啄む群烏を眺めて、この中に竹青もいるのだ・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ 餌壺には粟の殻ばかり溜っている。啄むべきは一粒もない。水入は底の光るほど涸れている。西へ廻った日が硝子戸を洩れて斜めに籠に落ちかかる。台に塗った漆は、三重吉の云ったごとく、いつの間にか黒味が脱けて、朱の色が出て来た。 自分は冬の日・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・或は沼田に至り、螺蛤を啄む。螺蛤軟泥中にあり、心柔にゅうなんにして、唯温水を憶う。時に俄に身、空中にあり、或は直ちに身を破る、悶乱声を絶す。汝等これを食するに、又懺悔の念あることなし。 斯の如きの諸の悪業、挙げて数うるなし。悪業を以ての・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・今いたのは何物であろう。啄むうちに、また雄鳩は怪しいものが目を掠め去ったのを感じた。恐怖と好奇心が彼の内に生じた。雄鳩は麦粒を拾うことを忘れた。用心深く遠くから彼はそこを幾度も通りすぎて見た。雄鳩は思いがけない歓びで、「クックウ、クック・・・ 宮本百合子 「白い翼」
・・・その真ん中に、襤褸を着た女がすわって、手に長い竿を持って、雀の来て啄むのを逐っている。女は何やら歌のような調子でつぶやく。 正道はなぜか知らず、この女に心が牽かれて、立ち止まってのぞいた。女の乱れた髪は塵に塗れている。顔を見れば盲である・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・段々馴れて手掌に載せた米を啄むようになる。又少し日が立って、石田が役所から帰って机の前に据わると、庭に遊んでいたのが、走って縁に上って来て、鶴嘴を使うような工合に首を sagittale の方向に規則正しく振り動かして、膝の傍に寄るようにな・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫