・・・ 問題に触れるのは、お桂ちゃんの母親で、もう一昨年頃故人の数に入ったが、照降町の背負商いから、やがて宗右衛門町の角地面に問屋となるまで、その大島屋の身代八分は、その人の働きだったと言う。体量も二十一貫ずッしりとした太腹で、女長兵衛と称え・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・一方は、日当の背戸を横手に取って、次第疎に藁屋がある、中に半農――この潟に漁って活計とするものは、三百人を越すと聞くから、あるいは半漁師――少しばかり商いもする――藁屋草履は、ふかし芋とこの店に並べてあった――村はずれの軒を道へ出て、そそけ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・戸に、自分が座の、人なき薄汚れた座蒲団のあたりを見て、婆さんは後見らるる風情であったが、声を低うし、「全体あの爺は甲州街道で、小商人、煮売屋ともつかず、茶屋ともつかず、駄菓子だの、柿だの饅頭だのを商いまする内の隠居でございまして、私ども・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・――そうでなくて、いかに悲痛な折からでも、若い女が商いに出てまで、客の前で紙を絞るほど涙を流すのはちと情に過ぎる。大方は目の煩いだろう。 トラホームなぞだと困る、と、その涙をとにかく内側へ深く折込んだ、が。――やがて近江屋へ帰って、敷石・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・まいと湯漬けかッこむよりも早い札附き、男ひとりが女の道でござりまするか、もちろん、それでわたしも決めました、決めたとは誰を、誰でもない山村の若旦那俊雄さまとあにそれこうでもなかろうなれど機を見て投ずる商い上手俊雄は番頭丈八が昔語り頸筋元から・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・する者の台やら、鳩売る者の腰掛けやらを打ち倒し、また、売り物に出ている牛、羊をも、その縄の鞭でもって全部、宮から追い出して、境内にいる大勢の商人たちに向い、「おまえたち、みな出て失せろ、私の父の家を、商いの家にしてはならぬ」と甲高い声で怒鳴・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・ 夏から秋へかけての日盛に、千葉県道に面した商い舗では砂ほこりを防ぐために、長い柄杓で溝の水を汲んで撒いていることがあるが、これもまたわたくしには、溝の多かった下谷浅草の町や横町を、風の吹く日、人力車に乗って通り過ぎたころのむかしを思い・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・妹の方は家で母親と共にお好み焼を商い、姉の方はその頃年はもう二十二、三。芸名を栄子といって、毎日父の飾りつける道具の前で、幾年間大勢と一緒に揃って踊っていた踊子の中の一人であった。 わたくしが栄子と心易くなったのは、昭和十三年の夏、作曲・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・いんですというところまでは、この主人が、差入屋としては親切な部だという評判をいつしか得ている点であろうが、進んでその書き方を若い女に教えてやろうとせず、また敢て教えて下さいと云おうともしないところに、商いのかけひきと同時に、その煩瑣な形式で・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・「手前共は、羊皮や長靴などの商いではございません。金銀にまさる神様のお恵みを御用立てるのでございます。これには、もう値段はございません」「畜生! うまく百姓をたらし込んでいやがる。覚えとけ! 覚えとけ!」 店へ来る百姓は皆貧乏そ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫