・・・ 彼の声を聞いた五六人の店員たちは、店先に散らばった商品の中から、驚いたような視線を洋一に集めた。と同時に神山は、派手なセルの前掛けに毛糸屑をくっつけたまま、早速帳場机から飛び出して来た。「看護婦会は何番でしたかな?」「僕は君が・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ 最後に或薄ら寒い朝、ファウストは林檎を見ているうちに突然林檎も商人には商品であることを発見した。現に又それは十二売れば、銀一枚になるのに違いなかった。林檎はもちろんこの時以来、彼には金銭にも変り出した。 或どんより曇った午後、ファ・・・ 芥川竜之介 「三つのなぜ」
・・・一同はワヤ/\ガヤ/\して満室の空気を動揺し、半分黒焦げになったりポンプの水を被ったりした商品、歪げたり破れたりしたボール箱の一と山、半破れの椅子や腰掛、ブリキの湯沸し、セメント樽、煉瓦石、材木の端片、ビールの空壜、蜜柑の皮、紙屑、縄切れ、・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・彼等の作品が、商品化されたばかりでなく、彼等自身が、既に資本主義下の寄食によって、機械化されたからである。 趣味や、知識の問題でない。今や、眼前の事実に対して右か、左か、芸術家も畢竟、一個の人間である限り、社会の一人である限り、態度を決・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・同じく、文化を名目とはするものゝ、珍らしい、特志の出版家でもないかぎり、出版は、資本主義機構上の企業であり、商業であり、商品であり、また今日の如く、大衆を顧客とするには、著者の趣味如何にかゝわらず、粗製濫造も仕方のないことになるのです。・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・たゞ、正純にして、多感的なる、人生の少年時代を温床となせる児童文学は、どの点より見ても、小型大衆小説にあらず、初歩の恋愛読本にあらず、従って、営利的商品にあらざることは論を俟ちません。また、そうあっていゝ理由がないのであります。 私・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・文芸が、職業化し、作品が、いよ/\商品化するに至って本来の目的から、芸術はいよ/\遠ざからんとしていたのは事実であった。 ことに、このたびの震災は、さらに文筆業者の生活に分裂を来たし脅威することゝなった。出版圏内の限られたことと、この際・・・ 小川未明 「正に芸術の試煉期」
・・・私は商品を汚されてはという心配から、思わずはっと抱きかかえて、ふとみると思いがけない文子の顔。文子はおやとなつかしそうに、十吉つあんやおまへんか、久しぶりだしたなアと、さすがに笠屋町の上級生の顔を覚えていてくれました。文子はそのころもう宗右・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 商品とかえられて持ちだされてきいたルーブル紙幣は、十二銭内外で、サヴエート国内でただ一カ所密売買をやっている、浦潮の朝鮮銀行へ吸収されて行った。 鮮銀はさらに、カムチャッカ漁場の利権を買ってる漁業会社へ、一ルーブル十八銭――二十銭・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・帝国主義的発展の段階に這入った資本主義は、その商品市場を求めるためと、原料を持って来るために、新しく植民地の分割を企図する。植民地の労働者をベラ棒に安い、牛か馬かを使うような調子に働かせるために、威嚇し、弾圧する。その目的に軍隊を使う。満洲・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
出典:青空文庫