・・・毎年十二月になると東京の町々には耶蘇降誕祭の贈物を売る商品の広告が目につく。基督教の洗礼をだに受けたことのないものが、この贈物を購い、その宗旨の何たるかを問わずして、これを人に贈る。これが今の世の習慣である。宗教を軽視し、信仰を侮辱すること・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・どの商店も小綺麗にさっぱりして、磨いた硝子の飾窓には、様々の珍しい商品が並んでいた。珈琲店の軒には花樹が茂り、町に日蔭のある情趣を添えていた。四つ辻の赤いポストも美しく、煙草屋の店にいる娘さえも、杏のように明るくて可憐であった。かつて私は、・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ これほどの広い地域をみたす日本のこく倉の稲田は、つまるところ、現在の世の中のしくみでは、やはり一つの最も投機的な商品ではないのだろうか。もし、この広大な稲田全体が、いつわりない農民の生産として、それを作る農民の生活にもかえってゆくもの・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・各新聞の古風な商売仇的競争も、商品としての新聞の売行きのために激しく鼓舞され、記者たち一人一人の地位は、木鐸としての誇りある執筆者の立場から、大企業のサラリーマンに移って行った。記者その人々の存在は、社名入りの名刺とその旗を立てて走る自動車・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・文化・芸術の結実は、そのものとして人民に愛され、貴ばれる本質から変化させられて商品化し、投資の対象と化して来ているのである。 第二次世界大戦まで、パリは芸術の都と云われて来た。それは、ヨーロッパにおいてのフランスが、封建時代からより進ん・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・肉体派、中間小説派の作者たちとその作品のそまつな戦後的商品性を、へど的にむき出してその安価さを排撃した。けれども、「小豚派作家論」と題してきり出された勇ましいその評論も、すえは何となししんみりして、最後のくだり一転は筆者がひとしおいとしく思・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・ば賃金をもらって食えませんから、自分のために働いているように思いますけれども、それは実は五時間でできるのであって、あとはすべての生産品は、生産手段をもっている投資家、株主、会社の社長などの利益のために商品として売られて、それは私共の働く賃金・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・巨大資本にしたがえられた商業ジャーナリズム・商品文学の氾濫を批判してすべての作家たちと読者とは、「小説病」は防がれ治癒されなければならないと考えている。そのための必要な文学行動はとりもなおさずジャーナリズムを支配しようとしているのと本質にお・・・ 宮本百合子 「五月のことば」
・・・というのなら、まず文学そのものとして狗肉である現在のジャーナリズムへの商品を一応ひっこめることから実行されるべきこと。大衆の運命は性の欲望と肉体の好奇心のうちだけで存在しているのではないということを認識すること。精神のよりどころを与えるとい・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・そこにあるのはヨーロッパの安物商品、ズボンをはいたみじめなニグロ、ヨーロッパ人に寄生するニグロの店員、などだけである。しかし前世紀の先駆者たちが、この「ヨーロッパ文明」の地帯やその背後の緩衝地帯を突き抜けて、「いまだ触れられざる地」に達した・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫