・・・子どもの大勢ある細君の代わりに十三四のクイティの女をめとった商売人上がりの仏蘭西の画家です。この聖徒は太い血管の中に水夫の血を流していました。が、唇をごらんなさい。砒素か何かの痕が残っています。第七の龕の中にあるのは……もうあなたはお疲れで・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・何処までも謹恪で細心な、そのくせ商売人らしい打算に疎い父の性格が、あまりに痛々しく生粋の商人の前にさらけ出されようとするのが剣呑にも気の毒にも思われた。 しかし父はその持ち前の熱心と粘り気とを武器にしてひた押しに押して行った。さすがに商・・・ 有島武郎 「親子」
・・・「さすが、商売人。――あれに笛は吹くまいよ、何と唄うえ。」「分りましたわ。」と、森で受けた。「……諏訪――の海――水底、照らす、小玉石――手には取れども袖は濡さじ……おーもーしーろーお神楽らしいんでございますの。お、も、しー・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・学生の癖に、悪く、商売人じみた、はなを引く、賭碁を打つ。それじゃ退学にならずにいません。佐原の出で、なまじ故郷が近いだけに、外聞かたがた東京へ遁出した。姉娘があとを追って遁げて来て――料理屋の方は、もっとも継母だと聞きましたが――帰れ、と云・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 言うまでもなく商売人だけれど、芸妓だか、遊女だか――それは今において分らない――何しろ、宗吉には三ツ四ツ、もっとかと思う年紀上の綺麗な姉さん、婀娜なお千さんだったのである。 前夜まで――唯今のような、じとじと降の雨だったのが、花の・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・「それでも、来たの――あたし、あなたのような人が好きよ。商売人?」「ああ、商売人」「どんな商売?」「本書き商売」「そんな商売がありますもんか?」「まア、ない、ね」「人を馬鹿にしてイるの、ね」と、僕の肩をたたいた。・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 椿岳の米三郎は早くから絵事に志ざした風流人であって、算盤を弾いて身代を肥やす商売人肌ではなかった。初めから長袖を志望して、ドウいうわけだか神主になる意でいたのが兄貴の世話で淡島屋の婿養子となったのだ。であるから、金が自由になると忽ちお・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・西洋では詩人や小説家の国務大臣や商売人は一向珍らしくないが、日本では詩人や小説家では頭から対手にされないで、国務大臣は魯か代議士にだって選出される事は覚束ない。こういう国に二葉亭の生れたのは不運だった。 小説家としても『浮雲』は時勢に先・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・白粉っけなしの、わざと櫛巻か何かで堅気らしく見せたって、商売人はどこかこう意気だからたまらないわね。どこの芸者? 隠さずに言っておしまいなさいよ」「ちょ! 芸者じゃねえってのに、しつこい奴だな」「まだ隠してるよ! あなたが言わなきゃ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・が今更、百姓をやめて商売人に早変りをすることも出来なければ、醤油屋の番頭になる訳にも行かない。しかし息子を、自分がたどって来たような不利な立場に陥入れるのは、彼れには忍びないことだった。 二人の子供の中で、姉は、去年隣村へ嫁づけた。あと・・・ 黒島伝治 「電報」
出典:青空文庫