・・・薔薇の花の中に噴水が上っている。始は誰もいない。しばらくの後、マントルを着た王子が出て来る。王子 やはりこのマントルは着たと思うと、たちまち姿が隠れると見える。わたしは城の門をはいってから、兵卒にも遇えば腰元にも遇った。が、誰も咎め・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・私の下宿のすぐ裏が、小さい公園で、亀の子に似た怪獣が、天に向って一筋高く水を吹上げ、その噴水のまわりは池で、東洋の金魚も泳いでいる。ペエトル一世が、王女アンの結婚を祝う意味で、全国の町々に、このような小さい公園を下賜せられた。この東洋の金魚・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・げする、告白する、何もかも白状する、ざんげ聴聞僧は、どこに居られる、さあ、さあ私は言ってしまう、とたいへんな意気込で、ざんげをはじめたそうですが、聴聞僧は、清浄の眉をそよとも動がすことなく、窓のそとの噴水を見ていて、ヴェルレエヌの泣きわめき・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 公園の噴水の傍のベンチに於ける、人の眼恥じざる清潔の抱擁と、老教授R氏の閉め切りし閨の中と、その汚濁、果していずれぞや。「男の人が欲しい!」「女の友が欲しい!」君、恥じるがいい、ただちに、かの聯想のみ思い浮べる油肥りの生活を! 眼・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ 木深い庭園の噴水の側に薔薇の咲き乱れたパアゴラがある。その蔭に男女の姿が見える。どこかで夜の鶯の声が聞える。 石炭がはじけて凄まじい爆音が聞えると、黒い煙がひとしきり渦巻いて立ち昇る。 物恐ろしい戦場が現われる。鍋の物のいりつ・・・ 寺田寅彦 「ある幻想曲の序」
・・・ ホテルの三階のヴェランダで見ていると、庭前の噴水が高くなり低くなり、細かく砕けたりまた棒立ちになったりする。その頂点に向かう視線が山頂への視線を越しそうで越さない。風が来ると噴水が乱れ、白樺が細かくそよぎ竹煮草が大きく揺れる。ともかく・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・それは口を大きくあいて舌を上あごにくっつけておいて舌の下面の両側から唾液を小さな二条の噴水のごとく噴出するという芸当であった。口から外へ十センチメートルほどもこの噴水を飛ばせるのはみごとなものであった。一種のグロテスクな獣性を帯びたこの芸当・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・温室の白塗りがキラキラするようでその前に二三人ふところ手をして窓から中をのぞく人影が見えるばかり、噴水も出ていぬ。睡蓮もまだつめたい泥の底に真夏の雲の影を待っている。温室の中からガタガタと下駄の音を立てて、田舎のばあさんたちが四五人、きつね・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
・・・ 某百貨店の入口の噴水の傍の椰子の葉蔭のベンチに腰かけてうっとりしているうちに、私はこんな他愛もない夢を見ていたのである。 二 地図をたどる 暑い汽車に乗って遠方へ出かけ、わざわざ不便で窮屈な間に合せの生活を求・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・ また数日たって某大学の構内を通ったら壮麗な図書館の屋上に立ってただ一人玄関前の噴水池を見おろしている人がある。学生であるか巡視であるか遠いのでよくわからなかったが、少し変な気持ちがした。その後さらに数日たって後、同じ大学の中央にそびえ・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
出典:青空文庫