仏蘭西現代の詩壇に最も幽暗典雅の風格を示す彼の「夢と影との詩人」アンリイ・ド・レニエエは、近世的都市の喧騒から逃れて路易大王が覇業の跡なるヴェルサイユの旧苑にさまよい、『噴水の都』La Cit des Eaux と題する一巻の詩集を著・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・夜気の中でもそのほとぼりと亢奮がさめ切っていないところどころで、臨時施設の飲料水道の噴水があふれて、小さいぬかるみをこしらえている。新手な群集は子供や年寄づれで、ぞろぞろ河岸へ河岸へとねって行く。 国立百貨店の前、赤いプラカートの洪水だ・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・一滴 一滴水の雫が金剛石の噴水を作るように一字一字我書く文字の間から生き、泣き、笑い、時代を包む人生が読者の胸に迫るのだ。ほの白い原稿紙午後五時のひかり暫く その意味深い空虚のままに居れ。やがて ・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・この戸からすぐ庭へ出ると、庭は芝生で、薔薇の植込みがあり、ここの石の腰架のところでは小噴水が眺められる、夏なんぞ涼しいよ。今度は家の内から出て、まるで庭を歩いているように具象的に話しました。こういう晩は父の機嫌は元より上々です。従って私も父・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・ ちょうど、絶えまなく溢れ出していた窓下の噴水が、急にパタリと止まってしまったときに感じる通りの心持――何でもなく耳馴れていたお喋り、高い笑声が聞えない今となると、たまらなく尊い愛くるしい響をもって、記憶のうちに蘇返るのである。 ど・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 彼等は公園の池の汀に長い間いた。噴水が風の向のかわるにつれ、かなたに靡きこなたに動きして美しい眺めであった。低い鉄柵のかなたの街路を、黄色い乗合自動車、赤いキャップをかぶった自転車小僧、オートバイ、ひっきりなく駆け過るのが木間越しに見・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・湿った芝生に抱かれた池の中で、一本の噴水が月光を散らしながら周囲の石と花とに戯れていた。それは穏かに庭で育った高価な家畜のような淑やかさをもっていた。また遠く入江を包んだ二本の岬は花園を抱いた黒い腕のように曲っていた。そうして、水平線は遙か・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫