・・・とにかく彼はえたいの知れない幻の中を彷徨した後やっと正気を恢復した時には××胡同の社宅に据えた寝棺の中に横たわっていた。のみならずちょうど寝棺の前には若い本願寺派の布教師が一人、引導か何かを渡していた。 こう言う半三郎の復活の評判になっ・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・その上あんなに食気までついたようでは、今まで心配していたよりも、存外恢復は容易かも知れない。――洋一は隣を覗きながら、そう云う嬉しさにそやされていた。が、余り虫の好い希望を抱き過ぎると、反ってそのために母の病気が悪くなって来はしないかと云う・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・お前たちは不幸だ。恢復の途なく不幸だ。不幸なものたちよ。 暁方の三時からゆるい陣痛が起り出して不安が家中に拡がったのは今から思うと七年前の事だ。それは吹雪も吹雪、北海道ですら、滅多にはないひどい吹雪の日だった。市街を離れた川沿いの一つ家・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・一度減じた量は決して元に恢復せぬのが常である。乳量が恢復せないで、妊孕の期を失えば、乳牛も乳牛の価格を保てないのである。損害の程度がやや考量されて来ると、天災に反抗し奮闘したのも極めて意義の少ない行動であったと嘆ぜざるを得なくなる。 生・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・決心が定まれば元気も恢復してくる。この夜は頭も少しくさえて夕飯も心持よくたべた。学校のこと何くれとなく母と話をする。やがて寝に就いてからも、「何だ馬鹿馬鹿しい、十五かそこらの小僧の癖に、女のことなどばかりくよくよ考えて……そうだそうだ、・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・は、来遊の外国人を当て込んで、箱根や熱海に古道具屋の店を開き、手広く商売が出来ていたものだが、全然無筆な男だから、人の借金証書にめくら判を押したため、ほとんど破産の状態に落ち入ったが、このごろでは多少回復がついて来たらしかった。今の細君とい・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・たといわれわれがイクラやりそこなってもイクラ不運にあっても、そのときに力を回復して、われわれの事業を捨ててはならぬ、勇気を起してふたたびそれに取りかからなければならぬ、という心を起してくれたことについて、カーライルは非常な遺物を遺してくれた・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・いかにして国運を恢復せんか、いかにして敗戦の大損害を償わんか、これこの時にあたりデンマークの愛国者がその脳漿を絞って考えし問題でありました。国は小さく、民は尠く、しかして残りし土地に荒漠多しという状態でありました。国民の精力はかかるときに試・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・ 疲れを回復した旅人は、新しい元気に勇んで、街をさして急ぎました。 あとから、雷の音が追いかけるようにきこえたのです。ふり向くと、もはや野原のかなたは、うず巻く黒雲のうちに包まれていました。・・・ 小川未明 「曠野」
・・・ 医者は、ついに恢復の見込みがないと、見放しました。そのとき、主人は、この世を見捨ててゆかなければならぬのを、なげきましたばかりでなく、女は、夫に別れなければならぬのを、たいへんに悲しみました。「俺は、おまえを残して、独りあの世へゆ・・・ 小川未明 「ちょうと三つの石」
出典:青空文庫