・・・ と冗談めかして言ってみましたが、何だかそれも夫への皮肉みたいに響いて、かえってへんに白々しくなり、私の苦しさも極度に達して来た時、突然、お隣りのラジオがフランスの国歌をはじめまして、夫はそれに耳を傾け、「ああ、そうか、きょうは巴里・・・ 太宰治 「おさん」
・・・四月九日 ハース氏と国歌の事を話していたら、同氏が「君が代」を訳したのがあると言って日記へ書き付けてくれた、そしてさびたような低い声で、しかし正しい旋律で歌って聞かせた。 きのうのスペインの少女の名はコンセプシオというのだそうな・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・その時話していた人のその日の記念日のわけを説明する講演が終ったら、演台の下にひかえている音楽隊が高らかに、あっちの国歌になっている歌の一節を奏した。そしたら、司会者が、いきなり、今度は日本の女の人が皆に挨拶をするからといってしまった。 ・・・ 宮本百合子 「打あけ話」
・・・ 十一時、ピカデリー広場やチャーリング・クロス附近から一斉に英国国歌の吹奏が起った。 ――神よ・我等の光栄ある王を護れ。――タクシーが熱してはしり出した。どこへの宣戦布告だ?――芝居がはねたのだ。舞台衣裳に働かす活溌な想像力はパイプ・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫