・・・……真向うは、この辺一帯に赤土山の兀げた中に、ひとり薄萌黄に包まれた、土佐絵に似た峰である。 と、この一廓の、徽章とも言つべく、峰の簪にも似て、あたかも紅玉を鏤めて陽炎の箔を置いた状に真紅に咲静まったのは、一株の桃であった。 綺麗さ・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・わりあいに顔のはば広く、目の細いところ、土佐絵などによく見る古代女房の顔をほんものに見る心持ちがした。富士のふもと野の霜枯れをたずねてきて、さびしい宿屋に天平式美人を見る、おおいにゆかいであった。 娘は、お中食のしたくいたしましょうかと・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・なるほど土佐絵の画家はこれを捕えたのであったかと気づかざるを得ないような形である。東京で松の新緑を見ても、必ずしもそういう印象を受けるとは限らないのであるが、東山などでは、最も数の多い松の樹が、そろってそういう形になるのである。落葉樹の緑色・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫