・・・どうか大地震でもあってくれればいいと思う。何もベルリンだって、地震が揺ってならないはずはない。それからこういう事も思った。動物園へ行って、河馬の咽へあの包みを入れてやろうかと云うのである。しかし奴が吐き出すかも知れないと思って、途中で動物園・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・そこへ大正十二年の大震災が襲って来て教室の建物は大破し、崩壊は免れたが今後の地震には危険だという状態になったので、自分の病気が全快して出勤するようになったときは、もう元の部屋にははいらず、別棟の木造平屋建の他教室の一室に仮り住いをすることに・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・道太はあの時病躯をわざわざそのために運んできて、その翌日あの大地震があったのだが、纏めていった姪の縁談が、双方所思ちがいでごたごたしていて、その中へ入る日になると、物質的にもずいぶん重い責任を背負わされることになるわけであった。それを解決し・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・人と馬とは、高き台の下を、遠きに去る地震の如くに馳け抜ける。 ぴちりと音がして皓々たる鏡は忽ち真二つに割れる。割れたる面は再びぴちぴちと氷を砕くが如く粉微塵になって室の中に飛ぶ。七巻八巻織りかけたる布帛はふつふつと切れて風なきに鉄片と共・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・それは大地震の来る一瞬前に、平常と少しも変らない町の様子を、どこかで一人が、不思議に怪しみながら見ているような、おそろしい不安を内容した予感であった。今、ちょっとしたはずみで一人が倒れる。そして構成された調和が破れ、町全体が混乱の中に陥入っ・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ ――手前は看守長だと言うんなら、手前は言った言葉に対して責任を持つだろうな。 ――もちろんだ。 ――手前は地震が何のことなく無事に終るということが、あらかじめ分ってたと言ったな。 ――言ったよ。 ――手前は地震学を誰か・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・ある朝ブドリたちが薪をつくっていましたら、にわかにぐらぐらっと地震がはじまりました。それからずうっと遠くでどーんという音がしました。 しばらくたつと日が変にくらくなり、こまかな灰がばさばさばさばさ降って来て、森はいちめんにまっ白になりま・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ 地殻の物語は、そこに在る火山、地震、地球の地殻に埋蔵されてある太古の動植物の遺物、その変質したものとしての石炭、石油その他が人間生活にもたらす深刻な影響とともに、近代社会にとって豊富なテーマを含蓄している。岩波書店から出ている「防災科・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・乙卯は冬大地震のあった年である。 巻中に名を烈している一行は洒落翁、国朝、仙鶴、宗理、仙廬、経栄、小三次、国友、鳶常、仙窩、料虎、按幸、以上十二人である。洒落翁は竜池であろう。この中に伊三郎がいたそうであるが、その号を詳にしない。香以は・・・ 森鴎外 「細木香以」
大地震以後東京に高層建築の殖えて行った速度は、かなり早かったと言ってよい。毎日その進行を傍で見ていた人たちはそれほどにも感じなかったであろうが、地方からまれに上京する者にはそれが顕著に感ぜられた。六、七年前銀座裏で食事をして外へ出たと・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫