・・・威名を避く 犬村大角猶ほ遊人の話頭を記する有り 庚申山は閲す幾春秋 賢妻生きて灑ぐ熱心血 名父死して留む枯髑髏 早く猩奴名姓を冒すを知らば 応に犬子仇讐を拝する無かるべし 宝珠是れ長く埋没すべけん 夜々精光斗牛を射る ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・白軍の頭領のカルムイコフは、引渡された過激派の捕虜を虐殺して埋没した。森の中にはカルムイコフが捕虜を殺したあとを分らなくするために血に染った雪を靴で蹴散らしてあった。その附近には、大きいのや、小さいのや、いろいろな靴のあとが雪の上に無数に入・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 本文中に峰の茶屋への途中、地表から約一メートルに黒土の薄層があって、その中に枯れた木の根があるので、古い昔の植物の埋没したものではないかという想像を書いておいた。その後同じ場所に行ってよく調べてみると、これらの樹の根には生きている・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・ もう一つは浦戸港の入り口に近いある岩礁を決して破壊してはいけない、これを取ると港口が埋没すると教えたことである。しかるに明治年間ある知事の時代に、たぶん机の上の学問しか知らないいわゆる技師の建言によってであろう、この礁が汽船の出入りの・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・それが幸ひ一つの昂然たる貴族的精神によつて、今日まで埋没から救はれてるのは、ひとへに全くニイチェから学んだ訓育の為である。そしてこの一事が、僕のニイチェから受けた教育のあらゆる「全体のもの」なのである。・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・蕪村の天材は咳唾ことごとく珠を成したるか、蕪村は一種の潔癖ありていやしくも心に満たざる句はこれを口にせざりしか、そもそも悪句は埋没して佳句のみ残りたるか。余は三者皆原因の一部を分有したりと思う。俳句における蕪村の技倆は俳句界を横絶せり、つい・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・知識人の再生というものは、今日あるがままの民衆の習俗常識の中へ己を埋没させてゆくことでだけ達成されるものだろうか。民衆は客観的には存在しないといわれたことは、現実として民衆が種々の可能と素質とに於て客観的に存在している事実を抹殺してのことで・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・賢さであると勘ちがいしているのが少くない、これらの事情はもつれあって、全く旧来の家と家との縁組みの習俗へ若い世代を繋ぐかたわら、それは現代の経済内容を盛って金、地位などというものへ、多くの進歩の可能を埋没させてしまう結果となっているのである・・・ 宮本百合子 「成長意慾としての恋愛」
・・・ 悪霊のような煩悶や、懊悩のうちに埋没していた自分のほんとの生活、絶えず求め、絶えず憧れていた生活の正路が、今、この今ようやく自分に向って彼の美くしい、立派な姿を現わしたように思われていたのである。 彼女は、自分の願望を成就させるに・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・文学はこれらの言葉の下に埋没した。この緊迫した状態のもとで宮本の公判がはじまった。当時宮本は公判廷に出ても席に耐えないでベンチの上に横になる程疲労していたが、公判は続行された。すでに他の同志たちは分離公判が終結していた。被告宮本ただ一人・・・ 宮本百合子 「年譜」
出典:青空文庫