・・・昔は一箇の美人が枕頭に座して飯の給仕をしてくれても嬉しいだろうと思うたその美人が、今我が枕頭に座って居ったとすれば我はこれに酬いるに「馬鹿野郎」という肝癪の一言を以てその座を逐払うに止まるであろう。野心、気取り、虚飾、空威張、凡そこれらのも・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・自分で蒔いたよろこびの種は、その努力に酬いるよろこびの垂穂として、自分たちで刈りとることが出来るときになったということなのだと思います。 若い人々よ。大人が、あなたがたの生きかたを眺めたとき、かつては自分たちも、あのように濁りない瞳、あ・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・恩をもって怨みに報いる寛大の心持ちに乏しい。即座に権兵衛をおし籠めさせた。それを聞いた弥五兵衛以下一族のものは門を閉じて上の御沙汰を待つことにして、夜陰に一同寄り合っては、ひそかに一族の前途のために評議を凝らした。 阿部一族は評議の末、・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫