・・・大石軍曹はて云うたら、僕がやられたところよりも遙かさきの大きな岩の上に剣さきを以て敵陣を指したまま高須聨隊長が倒れとった、その岩よりもそッとさきに進んだところで、敵の第一防禦の塹壕内に死んどったんが、大石軍曹と同じ名の軍曹であったそうや。」・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ところどころに、黒龍江軍の造った塹壕のあとがあった。そこにもみな、土が凍っていた。彼等は、棄てられた一軒の小屋に這入って、寒さをしのぎつゝ、そこから、敵の有様を偵察することにきめた。 その小屋は、土を積み重ねて造ったものだった。屋根は、・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ 大興駅附近の丘陵や、塹壕には砲弾に見舞われた支那兵が、無数に野獣に喰い荒された肉塊のように散乱していた。和田たちの中隊は、そこを占領した。支那兵は生前、金にも食物にも被服にもめぐまれなかった有様を、栄養不良の皮膚と、ちぎれた、ボロボロ・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・の最後の幕で、塹壕のそばの焦土の上に羽を休めた一羽の蝶を捕えようとする可憐なパウルの右手の大写しが現われる。たちまち、ピシンと鞭ではたくような銃声が響く。パウルの手は瞬時に痙攣する、そうして静かに静かに力が抜けて行くのである。 音と光と・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・眼前を過ぎる幻像を悲痛のために強直した顔の表情で見詰めながら、さながら鍵盤にのしかかるようにして弾いているショパンの姿が、何か塹壕から這い出して来る決死隊の一人ででもあるような気がするのである。 リストが音楽商の家の階段を気軽にかけ上が・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・戦地の寒空の塹壕の中で生きる死ぬるの瀬戸際に立つ人にとっては、たった一片の布片とは云え、一針一針の赤糸に籠められた心尽しの身に沁みない日本人はまず少ないであろう。どうせ死ぬにしてもこの布片をもって死ぬ方が、もたずに死ぬよりも心淋しさの程度に・・・ 寺田寅彦 「千人針」
・・・たとえばフランス人ジュリアン・ヴォカンスが大戦の塹壕生活を歌った、七、七、七シラブルの「ハイカイ」には全く季題がないので、どうひいき目に見てもわれわれには俳諧とは思われないのである。(改造社俳句講座第七巻、後藤 季題の中でも天文や時候に・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・たとえ現在の微力なわれわれの試みは当然失敗に終わることが明らかであるまでも、われわれはみじめな醜骸をさらして塹壕の埋め草になるに過ぎないまでも、これによって未来の連句への第一歩が踏み出されるのであったら、それはおそらく全くの徒労ではないであ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ ソヴェトのプロレタリア作家は、自然発生的な階級的情熱で剣を執り、自然発生的な感銘で塹壕の記録をとるだけでは足りない。赤軍の活動についても、プロレタリア作家は政治的に、文化的に、独自の分担を理解して結びつかなければならない。 具体的・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ヨーロッパ大戦ののち書かれた多くの代表的文学作品は、塹壕から帰休する毎に深められて行く男のこの憎悪の感情と寂寞の感情にふれていないものはない。 日本の兵士たちは、地理の関係から、一たん故国をはなれてしまうと、骨になってかえるか、凱旋する・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
出典:青空文庫