・・・ すべての権力をソヴェトへ 餓えた農民と労働者は不決断な臨時政府がついにブルジョアの手先で彼らのものでないことを理解し、兵士は塹壕から、フロックコートを着てやって来る社会民主主義の煽動者をぼいこくった。ケレンスキーが、星条旗のひるが・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ この前のヨーロッパ戦争のとき、塹壕の兵士たちの苦しんだものに野鼠がある。太った大きな、野獣化した野鼠との格闘のことが文学にもあらわれている。日本の兵士のひとたちにこの苦しみはどうなのだろう。お福さまなどと呼ぶが、私は鼠の音からいつも何・・・ 宮本百合子 「鼠と鳩麦」
・・・だが、その版図の前線一円に渡っては数千万の田虫の列が紫色の塹壕を築いていた。塹壕の中には膿を浮かべた分泌物が溜っていた。そこで田虫の群団は、鞭毛を振りながら、雑然と縦横に重なり合い、各々横に分裂しつつ二倍の群団となって、脂の漲った細毛の森林・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・のさし身に舌鼓を打ったところで解ける問題でない。魚河岸の兄いは向こう鉢巻をもって、勉強家は字書をもってこの問題を超越している。ある人は「粋」の小盾に隠れてこの悶を野暮と呼び、ある人は「理想」の塹壕に身を沈めてこの煩を病的と呼ぶ。 人生問・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫