・・・りでなく、次の世には粟散辺土の日本という島の信州という寒い国の犬と生れ変った、ところが信州は山国で肴などという者はないので、この犬は姨捨山へ往て、山に捨てられたのを喰うて生きて居るというような浅ましい境涯であった、しかるに八十八人目の姨を喰・・・ 正岡子規 「犬」
・・・ 芭蕉の句は人事を詠みたるもの多かれど、皆自己の境涯を写したるに止まり鞍壺に小坊主のるや大根引のごとく自己以外にありて半ば人事美を加えたるすらきわめて少し。 蕪村の句は行く春や選者を恨む歌の主命婦より牡丹餅たばす・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・殊に既往一ヶ月余り、地べたの上へ黍稈を敷いて寐たり、石の上、板の上へ毛布一枚で寐たりという境涯であった者が、俄に、蒲団や藁蒲団の二、三枚も重ねた寐台の上に寐た時は、まるで極楽へ来たような心持で、これなら死んでも善いと思うた。しかし入院後一日・・・ 正岡子規 「病」
・・・と大きく嘆息したが、「お父つぁんさえいてくれれば、こうまでひどい境涯にならずにいられたろうにねえ。お前だって人並みに学校へだってやれるんだのに……こうやって母子二人で食べるものを食べずに稼いだところで、この不景気じゃ綿入れ一つ着られ・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・という悟りの境涯に入り度いのです。 少くとも、非常な場合に、結婚と同様な、一種の人格的飛躍で、その域に達し得るだけの叡智を持っていることだけは自信したいのです。 持ちたい、見たい、語り度い、という執念からは解脱したく、またすべきであ・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・この作家の持ち前のなだらかに弾力ある生活の力は、少女時代から結婚生活十七年の今日までの間に、社会の歴史の推移について妻の境涯もなかなかの波瀾を経て来ていて、しかも、それぞれの時期を本気で精一杯に生きて来ている。十六の少女として父さんと浜で重・・・ 宮本百合子 「『暦』とその作者」
・・・質の少年であるジイドは、凡ての悪行為、悪思考と呼ばれているものに近づくまいとして戦々兢々として暮す三人の女にとりまかれ、芝居は棧敷でなければ観てはいけません、旅行は一等でなければしてはいけませんという境涯に生長した。 少年の間、彼は全く・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・それは、時代の動きの他の極に立つものであったから、母としては彼女の資質の大きさ、感情の独自のあるがままの理解よりも却って狭く作られた精神の境涯に自分を留めたことになって、そこからつくられた苦しみを苦しんだという形ともなった。母のために、それ・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・ ほんとにお石の云う通り、乞食して暮しても、このごろのように怨みの塊りのようになっている境涯からぬけられたら、それでいい。 こっからここまじゃあ俺らがもん、そこからそこまじゃあ汝がもんと、区別う付けて置くから、はあ人のもんまで欲しく・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・そこには生活というものと芸術とのおもしろい一致もあると思いますが、けれども私などの境涯では、そんなことは及びもつきませんね」と言っている。問題は「境涯」なのであるが、大正の末、五十幾つかになっていた藤村は、その数々の名篇をもってしても、なお・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫