・・・正三位勲二等などと大きな墓表を建てたッて土の下三尺下りゃ何のききめもあるものでない。地獄では我々が古参だから頭下げて来るなら地獄の案内教えてやらないものでもないが、生意気に広い墓地を占領して、死んで後までも華族風を吹かすのは気にくわないヨ。・・・ 正岡子規 「墓」
・・・ 今日あるものは、満目の白い十字の墓標である。幾万をもって数えられるかと思う白い墓標は、その土の下に埋った若者たちがまだ兵卒の服を着て銃を肩に笑ったり、苦しんだりしていたとき、号令に従って整列したように、白い不動の低い林となって列から列・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
・・・ 父親の手に書かれた墓標はその上に立てられ親属の者におくられた榊の一対はその両側に植えられた。 四角く土をならし水を打ち莚を敷いて最後の式はスラスラとすんで仕舞った。 何と云うあっけない事だろう。 私の只った一人の妹は斯うし・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ 今年のうちに青山の墓地の始末をして父の墓標も立てなければならないので、そのデザインが出来上りました。なかなかいいデザインです。早いものでもう間もなく一年です。 先日、島田からのお手紙で、達治さんがかえられて皆およろこびの御様子でし・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ けれども、祖父の墓のとなりに、墓標だけの新墓があって、墓標の左右に立っている白張提灯がやぶれ、ほそい骨をあらわしながらぽっかり口をあけていた。四角くもり上げた土の上においてある机が傾いて、その上に白い茶わんがころがっている。太い赤い鶏・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・ 高さ十五呎もある其等の奇怪な植物は、広い砂漠の全面を被う墓標のように見えた。凝っと立ち、同化作用も営まない。―― そうかと思うと、彼等は俄に生きものらしい衝動的なざわめきを起し、日が沈んだばかりの、熱っぽい、藍と卵色の空に向って背・・・ 宮本百合子 「翔び去る印象」
・・・「女の罰」「肝臓の話」「女子共産党員の手記」「墓標」。それらの作品には、彼女の生活環境と彼女自身のうちにある根深い封建的なものが、反抗と解放への激情と絡みあって、生のまま烈しく噴出している。暗く、重く、うごめく姿があるけれども、そこには、「・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
・・・私は、欅の木の蔭に建っている墓標の下から、彼を呼び起そうとするのだ。何とか自分の心を片づけるきっかけを、彼の見えざる面を視つめて掴もうとし、彼の墓の前に或る時は時間を忘れて佇むのだ。 生きているからには、私は生きているらしく生きたい。憎・・・ 宮本百合子 「文字のある紙片」
・・・父の真新しい墓標の上にもこの雪が降りつもっている、私は麻痺した頭でそう考えた。中條精一郎墓と書かれた墓標をめぐって、ここで見上げていると同じに雪片が絶え間なく舞い飛ぶ有様がまざまざと目に泛び、優しい、悲しい、同時によろこばしいような感動が鋭・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・なる結果としての効果は、より主観的に対象を個性化せんと努力した芸術的創造として、新しき芸術活動を開始する者にとっては、絶えずその進化を捉縛される古きかの「必然」なる墓標的常識を突破した、喜ばしき奔騰者の祝賀である。より深き認識への感・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫