・・・底のない墜落、無間奈落を知って居るか、加速度、加速度、流星と同じくらいのはやさで、落下しながらも、少年は背丈のび、暗黒の洞穴、どんどん落下しながら手さぐりの恋をして、落下の中途にて分娩、母乳、病い、老衰、いまわのきわの命、いっさい落下、死亡・・・ 太宰治 「創生記」
・・・いまも、ふと、蚊帳の中の蚊を追い、わびしさ、ふるさとの吹雪と同じくらいに猛烈、数十丈の深さの古井戸に、ひとり墜落、呼べども叫べども、誰の耳にもとどかぬ焦慮、青苔ぬらぬら、聞ゆるはわが木霊のみ、うつろの笑い、手がかりなきかと、なま爪はげて血だ・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・勝治の泥酔の果の墜落か、または自殺か、いずれにしても、事件は簡単に片づくように見えた。けれども、決着の土壇場に、保険会社から横槍が出た。事件の再調査を申請して来たのである。その二年前に、勝治は生命保険に加入していた。受取人は仙之助氏になって・・・ 太宰治 「花火」
・・・ 墜落しても男子の本懐、何でもやってみる事だ、という激励のようでもあり、結局、私にも何が何やらわからないのだ。けれども、何が何やらわからぬ事実の中から、ふいと淋しく感ずるそれこそ、まことの教訓のような気もするのである。吹く風をなこその関とい・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・第二次の実験は隅田川の艇庫前へ持って行ってやったのだが、その時に仲間の一人が、ボイラーをかついで桟橋から水中に墜落する場面もあって、忘れ難い思い出の種になっている。 墜落では一つの思い出がある。三年生の某々二君と、池の水温分布を測った事・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・また、大きな岩と見えるものが墜落して来て、その下敷きになって一人の人間が隠れればその人はほんとうに圧死したものと考えられるのである。それは影に質量がなく従って運動量のないことを忘れているからである。 次に「空間」はどうなっているか。これ・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・次は二人の消防夫が屋根から墜落。勇敢なクジマ、今までに四十人の生命を助け十回も屋根からころがり落ちた札付きのクジマのおやじが屋根裏の窓から一匹のかわいい三毛の子ねこを助け出す。その次はクジマがポケットへ子ねこをねじ込んだままで、今にも焼け落・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・ このごろも毎日のように飛行機が墜落する。不思議なことには外国から遠来の飛行機が霞が浦へ着くという日にはきまって日本のどこかで飛行機が墜落することになっているような気がする。遠来の客へのコンプリメントででもあるかのように。 とんぼや・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・ この頃も毎日のように飛行機が墜落する。不思議なことには外国から遠来の飛行機が霞ヶ浦へ着くという日にはきまって日本のどこかで飛行機が墜落することになっているような気がする。遠来の客へのコンプリメントででもあるかのように。 蜻蛉や鴉が・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・ 三原山の投身自殺でも火口の深さが千何百尺と数字が決まれば、やはり火口投身者の中での墜落高度のレコードを作ることになるかもしれない。しかし単に墜落高度というだけのレコードならば飛行機搭乗者のほうにもっと大きい数字がありそうである。 ・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
出典:青空文庫