・・・わが名は安易の敵、有頂天の小姑、あした死ぬる生命、お金ある宵はすなわち富者万燈の祭礼、一朝めざむれば、天井の板、わが家のそれに非ず、あやしげの青い壁紙に大、小、星のかたちの銀紙ちらしたる三円天国、死んで死に切れぬ傷のいたみ、わが友、中村地平・・・ 太宰治 「喝采」
・・・二階は三畳の間が二間、四畳半が一間、それから八畳か十畳ほどの広い座敷には、寝台、椅子、卓子を据え、壁には壁紙、窓には窓掛、畳には敷物を敷き、天井の電燈にも装飾を施し、テーブルの上にはマッチ灰皿の外に、『スタア』という雑誌のよごれたのが一冊載・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・ 白地の壁紙、その裾を廻って重くたれ下がって居る藁の掛布、机、ランプスタンド、其等は、今彼女の手にふれる総ての書籍が、遠い故国の母の手元から送られたものであると同様の有難さをもって、彼の手に作られたものである。 地下室の隅から塵だら・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・壁は暗緑色の壁紙、天井壁の上部は純白、入口は小さくし、一歩其中に踏入ると、静かな光線や、落付いた家具の感じが、すっかり心を鎮め、大きく広い机の上の原稿紙が、自ら心を牽きつけ招くようにありたい。 壁に少し、愛する絵をかけ、ゆっくりと体をの・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・二十歳の時、もうマクシムは一人前の指物師、壁紙貼職人であった。彼が働いている仕事場は偶然、ニージニの職人組合の長老、染物工場主カシーリンの隣りである。 或る夏のことであった。カシーリンの妻アクリーナが娘のワルワーラと一緒に庭で何心なく夷・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・一人ごとを云って壁紙に女竹と黒猫を書いた下絵を見つめる。どうしてもあの三本目の竹の曲り工合が気に入らない。思いきって破いちまおうかと思わないでもないが、一週間つぶしたと思うと流石未練がのこる。「マアいいさ、なる様にはなるにきまってる」いくじ・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・父は、渋い赤がちの壁紙を張った食堂の隅の安楽椅子にくつろいで、横顔をスタンドの明りに照らし出されていたが、「なあんだ、泊って行くんじゃなかったのかい」と如何にも不本意げに云った。「帰ったって誰もいやしないじゃないか。泊っといで!・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫