・・・暫くすると右手の高台に、まだ新しく、壮大な堂が見えて来た。この堂の建設のために、信徒は三十年も応分の寄附を怠らず、或者は子を大工や左官に仕立ててその技を献納したということだ。ゆるやかな坂をのぼった処で、黒服、鍔広帽の外国宣教師が、村の子とふ・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・一面滑らかな板敷で、信徒は皆坐るものと見える。壮大な柱の根もとに穢い木綿坐布団が畳んでつくねられてあるのを見ると、異様に未開な感じがした。未開な、暗い頭脳が一むきに、ぜすきりしとを信奉し、まことに神の羊のように一致団結して苦難に堪えて来た力・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 小さな小学校の建物ばかりを見なれた眼には、気が臆すほど壮大な大玄関で降ろされると、周囲の大混雑に驚かされた。見れば、みな先生だのお母さん、姉さんなどがついて来ている。自分だけはたった一人で、まるでどうしていいのか判らないのである。ここ・・・ 宮本百合子 「入学試験前後」
・・・ 六十一歳のセラフィモヴィッチが、壮大な革命的叙事詩「鉄の流れ」を完成した。 一ヵ月たった十ルーブリで田舎の小学教師をしていたこともあるニェヴェーロフが一九二〇年にはタシケントに行って、類の少い佳作「パンの町タシケント」を書いた。・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
・・・またその市街の底で静っている銅貨の力学的な体積は、それを中心に拡がっている街々の壮大な円錐の傾斜線を一心に支えている釘のように見え始めた。「そうだ。その釘を引き抜いて!」 彼はばらばらに砕けて横たわっている市街の幻想を感じると満足し・・・ 横光利一 「街の底」
・・・何故なら、これらは分裂を統率する最も壮大な音律であるからだ。何物よりも真実を高く捧げてはならない。時代は最早やあまり真実に食傷した。かくして、自然主義は苦き真実の過食のために、其尨大な姿を地に倒した。嘘ほど美味なものはなくなった。嘘を蹴落す・・・ 横光利一 「黙示のページ」
・・・如何にも壮大な、ベエトホオフェンの音楽のような景色である。それを見ようと思って、己は海水浴場に行く狭い道へ出掛けた。ふと槌の音が聞えた。その方を見ると、浴客が海へ下りて行く階段を、エルリングが修覆している。 己が会釈をすると、エルリング・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・幾世紀を経て来たかわからない老樹たちは、金剛不壊という言葉に似つかわしいほどなどつしりとした、迷いのない、壮大な力強さをもって、天を目ざして直立している。そうして樹々の間に漂うている生々の気は、ひたひたと人間の肌にも迫って来る。私は底力のあ・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
・・・ 私は、昔ながらの山野と矮屋とを見慣れた我々の祖先が、かつて夢みたこともない壮大な伽藍の前に立った時の、甚深な驚異の情を想像する。 伽藍はただ単に大きいというだけではない。久遠の焔のように蒼空を指さす高塔がある。それは人の心を高・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・あの濠と土手とによる大きい空間の区切り方には、異様に力強い壮大なものがある。しばらく議事堂や警視庁の建築をながめたあとで、眼を返してお濠と土手とをながめるならば、刺激的な芸のあとに無言の腹芸を見るような、もしくは巧言令色の人に接したあとで無・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫