・・・そうかと云って寝台は、勿論皆売切れている。本間さんはしばらく、腰の広さ十囲に余る酒臭い陸軍将校と、眠りながら歯ぎしりをするどこかの令夫人との間にはさまって、出来るだけ肩をすぼめながら、青年らしい、とりとめのない空想に耽っていた。が、その中に・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・そんな連中が、飲食店に内地米の稲荷ずしでも売っているのを見つけようものなら、忽ち売切れとなってしまうのである。 そこで宿屋や、飲食店の商売繁栄策としても内地米が目標となる。 こんなのは、昨年の旱魃にいためつけられた地方だけかと思って・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・早速、今日、街の五六軒の本屋をまわって、二誌を探したのですが、『新潮』はどこでも売切れてばかりいましたし、『新ロマン派』は来ていない模様でした。ぼくはあなたに御礼を書くのではないのです。御礼だけかいて、済まして居られる身分になれたら、それは・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・でも、新聞でもあんなに、ひどくほめられるし、出品の画が、全部売り切れたそうですし、有名な大家からも手紙が来ますし、あんまり、よすぎて、私は恐しい気が致しました。会場へ、見に来いと、あなたにも、但馬さんにも、あれほど強く言われましたけれど、私・・・ 太宰治 「きりぎりす」
「晩年」も品切になったようだし「女生徒」も同様、売り切れたようである。「晩年」は初版が五百部くらいで、それからまた千部くらい刷った筈である。「女生徒」は初版が二千で、それが二箇年経って、やっと売切れて、ことしの初夏には更に千・・・ 太宰治 「「晩年」と「女生徒」」
・・・は初版が二千で、それが二箇年経って、やっと売切れて、ことしの初夏には更に千部、増刷される事になった。「晩年」は、昭和十一年の六月に出たのであるから、それから五箇年間に、千五百冊売れたわけである。一年に、三百冊ずつ売れた事になるようだが、する・・・ 太宰治 「「晩年」と「女生徒」」
・・・三日前に座席をとったのであるが、二階の二等席はもうだいたい売り切れていて、右のほうのいちばんはしっこにやっと三人分だけ空席が残っていた。当日となって行って見ると、そのわれわれの座席の前に補助椅子の観客がいっぱい並んで、その中には平気で帽子を・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ウンテル・デン・リンデンの裏通りのベーレン街にあったこの劇場のレビューは、一つの出しものを半年も打ちつづけていて、それでいて切符は数日前までにみんな売切れになっていた。世界の都でなければあり得ない現象である。一年半の滞在中たった一度だけはい・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・ここはちょっと一つの独立な区画になっている、戦争前には哲学、美術、科学とそれぞれの部門にわたって系統的に分類して陳列されていたのが、このごろではもう目ぼしいような物は大概売り切れてしまって、いろいろな部門のものが雑然と入り乱れている。ドイツ・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ ヘルマン・ヘッセは本郷辺は売切れですから神田をみましょう。こんなありふれた本でさえ増刷を制限しているものだからこの始末です。楠書店はまだはっきりしたことがわからないので、明日でもまた電話してみます。 この間手紙で申しあげたように、・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫