・・・ところがお前らは五銭より多く持っているやつは一人もない。どうじゃ。誰かあるか。無かろう。うん。」 あまがえるは一同ふうふうと息をついて顔を見合せるばかりです。とのさまがえるは得意になって又はじめました。「どうじゃ。無かろう。あるか。・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・ 食糧問題についても、私たちは随分長いこと、分不相応な苦痛と努力と七転八倒的なやりくりを経験して来た。多くの人々が、この問題の本質上、今日ではもう個人的解決の時期を全くすぎていて、これは人民的規模において、男女共通に、共通の方法に参加し・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・家来も多くは討死した。 高見権右衛門は裏表の人数を集めて、阿部が屋敷の裏手にあった物置小屋を崩させて、それに火をかけた。風のない日の薄曇りの空に、煙がまっすぐにのぼって、遠方から見えた。それから火を踏み消して、あとを水でしめして引き上げ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 彼らの文学的活動は、ブルジョア意識の総ての者を、マルキストたらしめんがための活動と、コンミニストをして、彼らの闘争と呼ばるべき闘争心を、より多く喚起せしめんがための活動とである。 私は此の文学的活動の善悪に関して云う前に、・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・デネマルクの詩人は多くこの土地へ見えますよ。」「小説なんと云うものを読むかね。」 エルリングは頭を振った。「冬になると、随分本を読みます。だが小説は読みません。若い時は読みました。そうですね。マリイ・グルッベなんぞは、今も折々出して・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・ところがあの通りこの上もない出世をして、重畳の幸福と人の羨むにも似ず、何故か始終浮立ぬようにおくらし成るのに不審を打ものさえ多く、それのみか、御寵愛を重ねられる殿にさえろくろく笑顔をお作りなさるのを見上た人もないとか、鬱陶しそうにおもてなし・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・後者は自己を鼓舞し激励するとともに、多くの悩み疲れた同胞を鼓舞し激励します。 あなたに愚痴をこぼしたあとでこんな事をいうのは少しおかしいかも知れません。しかし私はあなたに愚痴をこぼしている内に自然こういう事を言いたい気持ちになって来たの・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫