・・・第三に、八月上旬、屋敷の広間あたりから、夜な夜な大きな怪火が出て、芝の方へ飛んで行ったと云う。 そのほか、八月十四日の昼には、天文に通じている家来の才木茂右衛門と云う男が目付へ来て、「明十五日は、殿の御身に大変があるかも知れませぬ。昨夜・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・その目を忍んで、夜な夜な逢おうと云うのだから、二人とも一通りな心づかいではない。 男は毎晩、磯山を越えて、娘の家の近くまで通って来る。すると娘も、刻限を見計らって、そっと家をぬけ出して来る。が、娘の方は、母親の手前をかねるので、ややもす・・・ 芥川竜之介 「貉」
・・・で冤を雪がれた井伊直弼の亡霊がお礼心に沼南夫人の孤閨の無聊を慰めに夜な夜な通うというような擽ぐったい記事が載っていた。今なら女優を想わしめるジャラクラした沼南夫人が長い留守中の孤独に堪えられなかったというは、さもありそうな気もするが、マサカ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・乳母の懐に抱かれて寝る大寒の夜な夜な、私は夜廻の拍子木の、如何に鋭く、如何に冴えて、寝静った家中に遠く、響き渡るのを聞いたであろう。ああ、夜ほど恐いもの、厭なものは無い。三時の茶菓子に、安藤坂の紅谷の最中を食べてから、母上を相手に、飯事の遊・・・ 永井荷風 「狐」
・・・彼自ら詠じて曰く吾歌をよろこび涙こぼすらむ鬼のなく声する夜の窓灯火のもとに夜な夜な来たれ鬼我ひめ歌の限りきかせむ人臭き人に聞する歌ならず鬼の夜ふけて来ばつげもせむ凡人の耳にはいらじ天地のこころを妙に洩らすわがうた・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ お里や早瀬の時には心づかなかったが、小町になって、少将が夜な夜な扉を叩く音が宛然、我身を責めるように「響く」と云うのを、宗之助は、高々と「シビク」と云った。無神経はよろこばしくない。〔一九二三年七月〕・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・そのうちにも年は立ち行いてその事がござってから十年も立った時に、その人は夜な夜な怪しい夢にうなされる様になったと申す事じゃ。 何しろ金をくさるほど持った人じゃほどに罪滅しじゃと申して寺を建て僧侶を迎え致いたが一向に甲斐も見えいでうなされ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・酒色に酖ると見えしも、木村氏の前をかく繕いしのみにて、夜な夜な撃剣のわざを鍛いぬ。任所にては一瀬を打つべき隙なかりしかば、随いて東京に出で、さて望を遂げぬ。その折の事は世のよく知る所なれば、ここにはいわず。臼井六郎も今は獄を出でたり。獄中に・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫