・・・ ミリヤアドは夢見る顔なり。「耳が少し遠くなっていらっしゃいますから、そのおつもりで、新さん。」「切のうござんすか。」 頷く状なりき。「まだ可いんですよ。晩方になって寒くなると、あわれにおなんなさいます。それに熱が高くな・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・私は学生への同情の形で、その平板と無感激とをジャスチファイせんとする多くの学生論、青年論の唯物的傾向を好まぬものだ。夢見ると夢見ぬとはその環境にあるのでなく、その素質にあるのだ。王子が必ずしも夢見はしない。が大工の息子もまた夢見る。如何なる・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・一瞬、夢見るような気持になったが、あわててそれを否定した。自分は人類の敵だ。殺人鬼である。 既に人間では無いのである。世間の者どもは全部、力を集中してこの鬼一匹を追い廻しているのだ。もはや、それこそ蜘蛛の巣のように、自分をつかまえる網が・・・ 太宰治 「犯人」
・・・しかし彼がその夢見るような眼をして、そういう処をさまよい歩いている間に、どんな活動が彼の脳裡に起っているかという事は誰にも分らない。 勝負事には一切見向かない。蒐集癖も皆無である。学者の中で彼ほど書物の所有に冷淡な人も少ないと云われてい・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・この音の流れて行く末にシャトーのバルコニーが現われて夢見るような姫君のやるせない歌の中にこの同じ主題が繰り返さるる。そうして最後のリフレーンで「イズンティット・ロマーン」まで歌った最後の「ティック」の代わりに、バルコンの下から忍びよるド・サ・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・ギリシャ古典の芸術を尊むがために、誰か今日、時代の復古を夢見るものがあろう。甲戌十二月記 永井荷風 「里の今昔」
・・・田町や一番町やまたは新しい大久保の家から、何かの用事で小石川の高台を通り過る折にはまだ二十歳にもならぬ学生の裏若い心の底にも、何とはなく、いわば興亡常なき支那の歴代史を通読した時のような淋しく物哀れに夢見る如き心持を覚えるのであった。殊に自・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・いつかまぶたは閉じるのじゃ、昼の景色を夢見るじゃ、からだは枝に留まれど、心はなおも飛びめぐる、たのしく甘いつかれの夢の光の中じゃ。そのとき俄かにひやりとする。夢かうつつか、愕き見れば、わが身は裂けて、血は流れるじゃ。燃えるようなる、二つの眼・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・有名だった「夢見る唇」の中でベルクナアが妻を演じて、苦しいその心のありさまを病む良人のベッドのよこでの何ともいえないとんぼがえりで表現した、あの表現と同様、どうも女優そのものの体からひとりでに出たものとは思われない。寧ろ監督の腕と思う。勿論・・・ 宮本百合子 「映画女優の知性」
・・・ 日本の女の今日の感情の特質は、「夢見る唇」で、ベルクナアが示したような表面の技法で、内実は父権制のもとにある家庭の娘、戸主万能制のもとにある妻、母の、つながれた女の昔ながらの傷心が物を云っているところにある。女の過ちの実に多くが、感情・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
出典:青空文庫