・・・「何、西国の大名の子たちが、西洋から持って帰ったと云う、横文字の本にあったのです。――それも今の話ですが、たといこの造り変える力が、我々だけに限らないでも、やはり油断はなりませんよ。いや、むしろ、それだけに、御気をつけなさいと云いたいの・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・――現に彼には、同席の大名に、あまりお煙管が見事だからちょいと拝見させて頂きたいと、云われた後では、のみなれた煙草の煙までがいつもより、一層快く、舌を刺戟するような気さえ、したのである。 二 斉広の持っている、・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・にさえ、その足跡を止めている。大名と呼ばれた封建時代の貴族たちが、黄金の十字架を胸に懸けて、パアテル・ノステルを口にした日本を、――貴族の夫人たちが、珊瑚の念珠を爪繰って、毘留善麻利耶の前に跪いた日本を、その彼が訪れなかったと云う筈はない。・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・ 場所は、言った通り、城下から海岸の港へ通る二里余りの並木の途中、ちょうど真中処に、昔から伝説を持った大な一面の石がある――義経記に、……加賀国富樫と言う所も近くなり、富樫の介と申すは当国の大名なり、鎌倉殿より仰は蒙らねども、内々・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ とこの八畳で応じたのは三十ばかりの品のいい男で、紺の勝った糸織の大名縞の袷に、浴衣を襲ねたは、今しがた湯から上ったので、それなりではちと薄ら寒し、着換えるも面倒なりで、乱箱に畳んであった着物を無造作に引摺出して、上着だけ引剥いで着込ん・・・ 泉鏡花 「縁結び」
・・・ 三 その時は何んの心もなく、件の二股を仰いだが、此処に来て、昔の小屋の前を通ると、あの、蜘蛛大名が庄屋をすると、可怪しく胸に響くのであった。 まだ、その蜘蛛大名の一座に、胴の太い、脚の短い、芋虫が髪を結って・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・彼の徳川時代の初期に於て、戦乱漸く跡を絶ち、武人一斉に太平に酔えるの時に当り、彼等が割合に内部の腐敗を伝えなかったのは、思うに将軍家を始めとして大名小名は勿論苟も相当の身分あるもの挙げて、茶事に遊ぶの風を奨励されたのが、大なる原因をなし・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・大抵は悪紙に描きなぐった泥画であるゆえ、田舎のお大尽や成金やお大名の座敷の床の間を飾るには不向きであるが、悪紙悪墨の中に燦めく奔放無礙の稀有の健腕が金屏風や錦襴表装のピカピカ光った画を睥睨威圧するは、丁度墨染の麻の衣の禅匠が役者のような緋の・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・宿といわれ、いまは焼けてしまったが、ここの油屋は昔の宿場の本陣そのままの姿を残し、堀辰雄氏、室生犀星氏、佐藤春夫氏その他多くの作家が好んでこの油屋へ泊りに来て、ことに堀辰雄氏などは一年中の大半をここの大名部屋か小姓の部屋かですごしていたくら・・・ 織田作之助 「秋の暈」
・・・そして、人形が口を利いたのを見るのははじめてだと不思議がるまえにまず自分の不運を何か諦めて、ひたすら謝ると、はたして五十吉は声をはげまして、この人形はさる大名の命でとくに阿波の人形師につくらせたものだ。それを女風情の眼でけがされたとあっては・・・ 織田作之助 「螢」
出典:青空文庫