・・・それは白と鼠いろの縞のある大理石で上流に家のないそのきれいな流れがざあざあ云ったりごぼごぼ湧いたりした。嘉吉はすぐ川下に見える鉱山の方を見た。鉱山も今日はひっそりして鉄索もうごいていず青ぞらにうすくけむっていた。嘉吉はせいせいしてそれでもま・・・ 宮沢賢治 「十六日」
・・・「いいえ、まるでちらばってますよ、それに研究室兼用ですからね、あっちの隅には顕微鏡こっちにはロンドンタイムス、大理石のシィザアがころがったりまるっきりごったごたです。」「まあ、立派だわねえ、ほんとうに立派だわ。」 ふんと狐の謙遜・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・ 楽しいような、悲しいような心持が、先刻座敷を見ていた時から陽子の胸にあった。「あの家案外よさそうでよかった。でも、御飯きっとひどいわ、家へいらっしゃいよ、ね」 大理石の卓子の上に肱をついて、献立を書いた茶色の紙を挾んである金具・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・手には大理石の壺を抱えて居る。何か考える様な風に見えて居る。三人の精霊は一っかたまりになって息のつまる様な気持で一足一足と近づいて来る精女を見て居る。精女はうつむいたまんま前に来かかる。第一の精霊 もうお忘れかネ、美くしいシ・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ 己は大理石の卓の上にあるマッチ立てを引き寄せて、煙草に火を附けて、椅子に腰を掛けた。 暫くしてから、脚長が新聞を卓の上に置いて、退屈らしい顔をしているから、己はまた話し掛けた。「へんな塔のある処へ往って見て来ましたよ。」「Ma・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・又外の台の上にはごつごつした大理石の塊もある。日光の下に種々の植物が華さくように、同時に幾つかの為事を始めて、かわるがわる気の向いたのに手を着ける習慣になっているので、幾つかの作品が後れたり先だったりして、この人の手の下に、自然のように生長・・・ 森鴎外 「花子」
・・・と、見る間に、ナポレオンの口の下で、大理石の輝きは彼の苦悶の息のために曇って来た。彼は腹の下の床石が温まり始めると、新鮮な水を追う魚のように、また大理石の新しい冷たさの上を這い廻った。 丁度その時、鏡のような廻廊から、立像を映して近寄っ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・と徳蔵おじにいわれて、オジオジしながら二タ足三足、奥さまの御寝なってるほうへ寄ますと、横になっていらっしゃる奥様のお顔は、トント大理石の彫刻のように青白く、静な事は寝ていらっしゃるかのようでした。僕はその枕元にツクネンとあっけにとられて眺め・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・それもただ銅のみが与え得るような、従って大理石や木や乾漆などにはとうてい見ることのできないような、特殊な触覚的の美しさである。しかもそれが黒青く淀んだ、そのくせ恐ろしく光沢のある、深い色合と、不思議にぴったり結びついている。そういう味わいに・・・ 和辻哲郎 「岡倉先生の思い出」
・・・血なき大理石の像にも崇高と艶美はある。冷たきながらも血ある「理性権化」先生は蝦蟇と不景気を争う。この道徳の上に立つ教育主義は無垢なる天人を偽善の牢獄に閉じこむ。人格の光にあらず、霊のひらめきにあらず、人生の暁を彩どる東天の色は病毒の汚濁であ・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫