・・・ で彼は何気ない風を装うつもりで、扇をパチ/\云わせ、息の詰まる思いしながら、細い通りの真中を大手を振ってやって来る見あげるような大男の側を、急ぎ脚に行過ぎようとした。「オイオイ!」 ……果して来た! 彼の耳がガアンと鳴った。・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・われその故を解し得ず、ただ見る六尺ばかりの大男の影おぼろなるが静かに事務室の中に消え去りしを。この十蔵が事は貴嬢も知りたもうまじ、かれの片目は奸なる妻が投げ付けし火箸の傷にて盲れ、間もなく妻は狂犬にかまれて亡せぬ。このころよりかれが挙動に怪・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・と三人の一人の大男が言った。この男はこの店にはなじみでないと見えてさっきから口をきかなかったのである。突き出したのが白馬の杯。文公はまたも頭を横に振った。「一本つけよう。やっぱりこれでないと元気がつかない。代はいつでもいいから飲ったほう・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・ 肩のさきをピストルでやられていたが、彼は、それよりさきに、大男のメリケン兵を三人ぶち斬っていた。 中尉は下顎骨の張った、獰猛な、癇癪持ちらしい顔をしていた。傷口が痛そうな振りもせず、とっておきの壁の青い別室に坐りこんでいた。その眼・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・もっと大男の出しそうな声であった。「お前さんは息張っているから行けない。つい這入って行けば好いに。」「いやだ。それに己はまだ一マルク二十ペンニヒここに持っている。実は二マルク四十ペンニヒなくてはならないのだ。それさえあれば己はあっち・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ それからまたどんどんいきますと、今度はおおぜいの大男が、これも食べものに飢えて、たった一とかたまりのパンを奪い合って、恐ろしい大げんかをしていました。ウイリイは気をきかせて、すぐに百樽のパンをやりました。大男たちは大そうよろこんで、ぺ・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ ふとった男はこう言って、にたにた笑いながら、いきなりぷうぷうふくれ出して、またたく間に往来一ぱいにつかえるくらいの、大きな大きな大男になって見せました。王子はびっくりして、「ほほう、これはちょうほうな男だ。どうです、きょうから私の・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・座にちっぽけに見る事もできましたし、孫たちがよちよち歩きで庭に出て来るのを見るにつけ、そのおい先を考えると、ワン、ツー、スリー、拡大のガラスからのぞきさえすれば、見るまに背の高い、育ち上がったみごとな大男になってしまいました。 こんなお・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・地平は、私と同じで、五尺七寸、しかも毛むくじゃらの男ゆえ、たいへん貧乏を恐れて、また大男に洗いざらしの浴衣、無精鬚に焼味噌のさがりたる、この世に二つ無き無体裁と、ちゃんと心得て居るゆえ、それだけ、貧にはもろかった。そのころ地平、縞の派手な春・・・ 太宰治 「喝采」
・・・紋服の初老の大男は、文士。それよりずっと若いロイド眼鏡、縞ズボンの好男子は、編集者。「あいつも、」と文士は言う。「女が好きだったらしいな。お前も、そろそろ年貢のおさめ時じゃねえのか。やつれたぜ。」「全部、やめるつもりでいるんです。」・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
出典:青空文庫