・・・沼南が島田家に寄食していた時、懐われて縁組した恋婿であったそうだ。沼南が大隈参議と進退を侶にし、今の次官よりも重く見られた文部権大書記官の栄位を弊履の如く一蹴して野に下り、矢野文雄や小野梓と並んで改進党の三領袖として声望隆々とした頃の先夫人・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・西郷が出したり大隈が出したりした不換紙幣は直に価値が低くなったが、利休の出した不換紙幣はその後何百年を経てなおその価値を保っている。さすがは秀吉はエライ人間をつかまえて不換紙幣発行者としたもので、そして利休はまたホントに無慾でしかも煉金術を・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・おそらくは、彼らのなかに一人でも、永遠の命はおろか、大隈伯のように、百二十五歳まで生きられるだろうと期待し、生きたいと希望している者すらあるまい。いな、百歳・九十歳・八十歳の寿命すらも、まずはむつかしいとあきらめているのが多かろうと思う。は・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 成程天下多数の人は死を恐怖して居るようである、然し彼等とても死の免がれぬのを知らぬのではない、死を避け得べしとも思って居ない、恐らくは彼等の中に一人でも、永遠の命は愚か、伯大隈の如くに百二十五歳まで生き得べしと期待し、生きたいと希望し・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・深田君に大隈伯のうちへ呼ばれた昔を注意されても、先生はすでに忘れている。先生には大隈伯の名さえはじめてであったかもしれない。 私が先月十五日の夜晩餐の招待を受けた時、先生に国へ帰っても朋友がありますかと尋ねたら、先生は南極と北極とは別だ・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
出典:青空文庫